第二十七話『実習』
「ずいぶんとゆっくりでしたわね」
一夏たちが着いたのは授業開始一分前であったが、なぜかセシリアに絡まれた一夏。
セシリアの隣に並んでしまったのが運の尽きであった。
「スーツを着るだけでどうしてこんなに時間が掛かるのかしら?」
ISスーツは本来女性専用なため、見た目はワンピースやレオタードのようなのだが、これはもう製作者の趣味としか思えない刹那たちである。
「道が込んでたんだよ」
「嘘おっしゃい。 いつも間に合うくせに」
実際混んでいた。
シャルルが来たことにより、女子の包囲網が展開されていたから。
まあ、刹那のおかげでそれも余裕で回避したのだが。
開始一分前に来たのは、ゆっくりしゃべりながら来たからである。
どこか似ているシャルルとしゃべるのは、一夏にとって楽しいものであった。
「ええ、ええ。 一夏さんはさぞかし女性の方と縁が多いようですから? そうでないと女性からはたかれそうになったりはしませんよね」
「何? アンタなんかやったの?」
後ろの列にいた鈴がその会話に加わってきた。
「こちらの一夏さん、今日来た転校生の女子にはたかれそうになりましたの」
「はあ!? アンタ一体何したのよ!?」
「―――私の授業中に私語とは、いい度胸だな?」
声の方を見る鈴とセシリア。
当然そこには鬼教官こと織斑千冬がいる。
バシーン! といい音を響かせて、二人の頭に出席簿が炸裂した。
☆
「では、本日から格闘戦及び射撃を含む実践訓練を開始する」
『『『はい!』』』
一組と二組の合同実習なため、人数はいつもの倍であり、出てくる返事も妙に気合が入っていた。
そして、刹那は少し離れたところで気配を遮断してその光景を眺めていた。
「くぅっ……。 なにかというとすぐにポンポンと人の頭を……」
「……一夏のせい一夏のせい一夏のせい……」
叩かれた場所が痛むのか、セシリアと鈴はちょっと涙目になりながら頭を抑えていた。
鈴のは完璧なる責任転嫁である。
自分から会話に参加しておいて叫んで、その結果叩かれただけなのだから。
「今日は戦闘を実演してもらおう。 ちょうど活力が溢れんばかりの十代女子もいることだしな。 ―――凰! オルコット!」
織斑千冬が選んだのはセシリアと鈴であった。
「専用機持ちはすぐに始められるからだ。 前に出ろ」
「だからってどうしてわたくしが……」
「一夏のせいなのになんでアタシが……」
はっきり言って、一夏では学院の誰が相手であろうと勝ってみせる。
そして、専用機持ちでも、シャルルとラウラは転校初日である。
これらの中から選ばれるとするのなら、必然的にこの二人になるのだ。
「お前ら少しはやる気を出せ。 ―――アイツにいいところを見せられるぞ?」
「やはりここはイギリス代表候補生、わたくしセシリア・オルコットの出番ですわね!」
「まあ、実力の違いを見せるいい機会よね。 専用機持ちの」
ぶつくさと文句を言っていた二人だが、織斑千冬の一言でケロッと変わった。
実に単純な思考である。
「それで、相手はどちらに? わたくしは別に鈴さんとの勝負でも構いませんが?」
「ふふん。 こっちのセリフ。 返り討ちよ」
「慌てるなバカども。 対戦相手は―――」
キィィィィン……。
「ああああーっ! ど、どいてください〜っ!」
真耶が一夏の元へと落下していく。
「はぁ……」
一夏は溜息をつきながら白式を展開する。
そして、落下してくる真耶の膝裏と背中を腕で支えて受け止める。
俗に言うお姫様抱っこである。
女子生徒からは黄色い悲鳴が上がる。
「山田先生、大丈夫ですか?」
「は、はい……ありがとうございます……」
「実力はあるんですから、もっと自分に自信を持つことをお勧めします。 焦らず落ち着いてやってみてください」
「すみません……」
一夏は真耶を降ろすと、ささっと元の位置へと戻る。
「山田先生はああみえても元代表候補生だ。 かなりのやり手だ」
「む、昔の話ですよ。 それに代表候補生どまりでしたし……」
だが、代表候補生止まりでもそれだけの実力があると言うことだ。
……まあ、普段の姿からはまったく想像できないが。
「さて小娘ども、さっさと始めるぞ」
「え? あの二対一で……?」
「いや、さすがにそれは……」
「安心しろ。 今のお前たちなら直ぐに負ける」
二人は負けると言われたのが気に障ったのか、その瞳に闘志をたぎらせていた。
簡単な挑発に乗るとは、単純にもほどがある。
「では、はじめ!」
号令と同時にセシリアと鈴が飛翔する。
「手加減はしませんわ!」
「アタシも手加減は無し!」
「い、行きます!」
二対一の模擬戦が始まった。
☆
模擬戦の結果は、鈴とセシリアの完敗であった。
真耶が纏っていたのは、第二世代型IS『ラファール・リヴァイヴ』で、初期第三世代型ISに劣らない性能を誇っている。
そして、安定した性能と豊富な後付武装が特徴な機体だ。
余談だが、現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェア持ち、七カ国でライセンス生産、十二カ国で制式採用されている。
さらに特筆すべき点はその操縦の簡易性であり、操縦者を選ばないことと多様性役割切り替えを両立されている。
装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多い事でも知られている。
まあ、簡単に言えば、そこそこ使える万能型、ということだ。
そんな機体で、代表候補生で、なおかつ第三世代型ISを纏う二人に勝利した真耶の実力のほどが窺える。
まあ、二人に勝てた要因は実力の違いだけでなく、二人のコンビネーションのなさも大きかったと言っておく。
ちなみに、鈴自身の能力は以前よりも向上していた。
それは、鈴が刹那に頼み込んだからだ。
鈴は一夏に勝ちたいがために、刹那に教えを乞うたのだ。
刹那は鈴の気持ちの強さを見定め、それに応じた。
結果、鈴はこの短期間でかなりレベルアップした。
真耶に勝てずとしても、そこそこ戦えるだけの実力があったにもかかわらず、真耶に圧倒されたのは、セシリアがいたことが原因である。
息の合わない、即席のタッグで本来の実力を出すのは難しいのである。
互いに互いの足を引っ張り、数が多いのにもかかわらず弱くなる。
必ずしも1+1が2になるとは限らないことの証明であった。
「では、午前の授業はここまでだ。 午後は今日使った訓練機の整備を行うので、各人格納庫で班ごとに集合すること。 専用機持ちは訓練機と自機の両方を見るように。 では解散!」
模擬戦が終わった後、ISを使った実習があった。
リーダーは専用機持ちだったため、男である一夏とシャルルに群がったり、ラウラのグループが険悪なムードだったり、その他トラブルがあったが、恙無く終わった。
「シャルル、着替えに行こうぜ。 俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないから」
「え、ええっと……僕はちょっと機体の微調整をしていくから、先に行って着替えててよ。 時間がかかるかもしれないから、待ってなくていいからね」
「ん? いや、別に待ってても平気だぞ?」
「い、いいからいいから! 僕が平気じゃないから!」
「……ああ、わかった」
妙な気迫を醸し出すシャルルに、一夏は少し疑問に思ったが、これ以上しつこくするのはどうかと思い、引くのであった。
「一夏、少しいいかな?」
そんな時、やってきたのはずっと気配を消していた刹那であった。
「どうしたんだ、刹那兄?」
「いやね、今日はシャルルがいるだろう? 大方、女子の軍勢が狙って食堂が混雑することになると思うんだ」
「あー……確かに」
入学当初、一夏を狙って食堂が混雑していたことが良くあった。
最近ではそれも収まっていたのだが、男子が増えたことで再び起こるのは目に見えていた。
「でだ。 屋上で昼を食べたらどうだ? 多くが食堂に入り浸るおかげで、屋上は手薄になるだろうからね」
誰もいない、ということならば戦艦が一番なのだが、シャルルにそれを教えるわけにはいかない。
「それいいな。 あっ、でも、飯買わないと」
「それについては安心しろ。 こうなることを予想して、作っておいた」
「流石刹那兄。 やることが早い」
ちなみに、作ったのは琉歌と夜空で、二人とも楽しみながら作ったのだった。
「んじゃ、シャルル。 昼飯は屋上な」
「え? 僕も一緒でいいの?」
シャルルは兄弟の話だと思って蚊帳の外でいたのだが、自分も対象に入っていたことに少し驚いた。
「最初からそのつもりで弁当を作らせたんだ。 何、きっと君の口に合うさ」
「えっと、じゃあご一緒します」
「僕は屋上に行くけど、二人はどうする?」
シャルルが承諾すると、刹那は一夏とシャルルに尋ねた。
『どう』とは『一緒に行くか?』という意味だ。
「僕は後から行きます。 待たせるかもしれないから、一夏も先に行ってて」
「わかった。 行くよ、一夏」
「ああ」
一夏と刹那はシャルルを置いて先に屋上へと向かった。
といっても、刹那はいつでもどこでも学園内ならほぼ全ての場所を監視できるので、シャルルが何をしているかはわかる。
とは言っても、覗く趣味は無いので、最低限のことしか見なかったが。