第二話『最悪の事件』
刹那が転生した十年後。
つまり刹那が十歳のとある休日。
刹那たちは旅行にやってきていたのだが、異変が起こった。
『きゃああああああっ!?』
『うおおおおおおおっ!?』
それは、世界中のミサイルが日本に向かって飛んできている。
しかも、その着弾予測地点が、刹那たちが旅行で来ていたところの近くなのだ。
故に、現在大パニックが起こり、一斉に地下シェルターへと避難していた。
「刹那ぁ! どこだぁ?!」
「刹那ぁ! どこなのぉ?!」
人々が逃げる中、二人の男女が大声を出して人を探していた。
二人の名は幻夜と夢乃。
つまり、刹那の両親である。
「くそっ、俺たちが散歩なんてしなければ……!」
「今は速く刹那を見つけましょう!」
この二人は、刹那が昼寝を始めると散歩をしていたのだ。
湖のほとりで和んで一時間弱。
そこでミサイルが発射されたのだ。
騒ぎに気づいた二人は、急いで戻ってきたのだが、そこに刹那の姿は無く、今に到るわけだ。
「いない……!」
「もしかしたら、誰かが連れて行ってくれたのかも……」
「とにかく、俺たちも避難しよう」
「そうね」
刹那を見つけることは出来ず、二人はシェルターへと向かって走り出した。
☆
「あれがIS……」
刹那は影の中で呟いた。
刹那は幻夜と夢乃の二人が散歩に出かけて三十分ほどで目を覚ましていた。
部屋の中でぼーっとしていると騒ぎが始まり、旅館の人に避難すると連れられ一緒に来ていたのだ。
そして、避難している最中に、旅館の従業員と刹那ははぐれた。
だが、それは刹那が意図的にしたことであり、刹那は今、異様なほどの嫌な予感に突き動かされていた。
そして刹那は『闇を操る能力』で自分の影の中に入り、辺りを探っていた。
空には白銀の甲冑を纏った女性が飛び回り、ミサイルを切り落としている。
「この嫌な予感は何だ……? 今までこんなの無かったのに……」
今までも嫌な予感というのは感じてきた。
だが、これは異常であった。
『何か起こるかも』と感じる程度ではなく、『何かが起こる』と、まるで警告のように、警報のように、意識から消えないのだ。
「くそっ、やっぱり影の中じゃ視界が狭いな……出るか……」
刹那はそう決めると、自分の影から出て地に足をつける。
刹那は辺りを見渡しながら走る。
そして、何かに突き動かされるまま走り、シェルターの入り口付近にまで戻ってきた。
「あっ」
刹那はふとよく見知った顔を遠くに見つけた。
幻夜と夢乃であった。
「っ!?」
刹那はそこで目を見張った。
なぜなら、その近くに、ミサイルが落ちてきていたのを見つけたからだ。
(まずい!)
刹那は全力で跳びだした。
『騎士は徒手にて死せず』で靴を宝具化させ、魔力で限界まで肉体を強化をして、全力で駆け抜ける。
「“ブラックホール”!」
右手を伸ばし、そこから闇を発生させる。
闇は空間を侵食し、人の出せる限界を超えている速度で走る刹那以上の速さで、距離を縮めていく。
だが、残酷にもミサイルまで届かない。
(間に合えっ!)
刹那は祈る。
身体強化と闇の操作を同時に行い、やれることは全てやっている。
だがそれでも、無情にも落下するミサイルは止まることは無い。
推測着弾地点は二人よりも多少離れている。
だが、ミサイルの爆風が十分届いてもおかしく無い距離であった。
(間に合えぇぇぇぇぇっ!!!)
刹那の気迫が通じたのか、ミサイルが着弾する直前、闇が届いた。
だが、闇がミサイルを完全に取り込む前に、破裂した。
ドオォォォンッ!
ミサイルが破裂し、爆風が発生した。
その爆風はそこまで強くは無かった。
爆発する直前に“ブラックホール”がその一部を呑み込んでいたからだ。
刹那は咄嗟に自分の体を闇で覆い、爆風からの被害を無効化した。
だが、それは刹那だけだ。
爆風が収まると刹那は闇を解除して両親がいた方へと走る。
無事であること祈って、自分の無力さを恨みながら、走る。
「父さんっ! 母さんっ! ッ!!」
二人をすぐに見つけることは出来た。
だが、二人の体は爆風でボロボロで、その体には傷や火傷があった。
そして、幻夜の左腕は本来曲がらない方向へと曲がり、その腕から血が流れていた。
夢乃は頭を強打したのか、頭から血を流し、気を失っていた。
刹那は絶句した。
今まで平和に過ごしてきた反動とでも言うべきか。
日常離れした光景に、それも両親のそんな姿に、声が出せなかった。
「……せつ……な……なのか……?」
幻夜の掠れた声で、刹那は我に返った。
「そうだよ! 二人ともしっかりして!」
「……刹那……は…逃げ……ろ……」
「大丈夫だから! 二人は絶対助けるから!」
刹那は自分の魔力を二人に流し込んだ。
魔力で自己治癒力を一時的に上げる、応急処置にもならない、ほんの気休め程度の、刹那に出来る手当てであった。
せっかく使える魔力を、治療のために使えるように、練習してこなかったことも恨んだ。
「“シャドーダイブ”」
そして、地面に入り込んでいった。
「“影渡り”」
そしてそのまま、影から影へと移動していった。
速度は、刹那が全力で走る以上であり、この危険区域の中、大人二人を担いで動けるはずもなく、安全な影の中で移動する。
そして、シェルターの前で地上へ上がり、刹那は二人を背負ってシェルターの中へと入った。
幻夜は移動の最中に気を失ったのか、だらりとしていた。
「すみません、誰か、両親をお願いします……」
「っ! 大丈夫か?!」
刹那は二人を近くにいた大人に任せ、ふらりと外へと出て行こうとする。
「君! どこに行くんだ?!」
「………………」
そんな刹那に声をかけたのはその大人だった。
だが、刹那はそれを一瞥することもなく、無視をして外へと向かっていく。
それに気づいた大人にまた声をかけられたが、すでに刹那は外に出ていくのだった。
そしてその時、誰も、刹那自身も気づいていなかった。
刹那の瞳が、黄金に輝いていることに。
(あれが……IS)
大人の制止を無視して、外に出た刹那は空を見上げる。
その空には、白銀の騎士が縦横無尽に飛び回り、その騎士は大剣でミサイルをぶった切り、どこからとも無く取り出した荷電粒子砲でミサイルを撃ち抜き破壊していっていた。
刹那は、常人ではぼんやり見えるような光景を、完全に捉え、その行動の全てを見ていた。
そして、直感していた。
あれが『IS』と呼ばれる世界の元凶だと。
(……今の技術を遥かに越えているオーバーテクノロジーの塊……世界が、変わる……)
次に、刹那は辺りを見渡した。
刹那は、二人に死なないが、一生残る怪我をしたと、直感していた。
そして、この事件を起こした元凶に、憎しみが湧き上がる。
(まだ人がいる気がする……どこだ……?)
刹那が見る世界は常人の見るそれとはかけ離れていた。
なぜなら、十キロ先まで透視し、見通して見えているからだ。
そのまだ慣れぬ目で、刹那は辺りを視る。
能力が解放され、同時に記憶が晴れたことから刹那は今の自分の状況が理解できていた。
解放された能力は『直感A+』と『千里眼A-』。
その『直感A+』のおかげか、『まだ生存者がいる』と、そう直感が告げている。
『千里眼A-』は遠方の標的の捕捉、動体視力の向上、さらに透視に加えて制約のある未来視を可能にしている。
そのおかげで、邪魔な樹木などを無視しての捜索が出来るのだ。
(見つけた!)
刹那のいる場所から数百メートル離れた地点に、焦土と化した場所に、生存者を見つけた刹那が発見と同時に走り出した。
全身を強化し、全力で駆ける。
その人は蹲ったまま動いていないが、刹那はその人が生きていると直感していた。
今回はミサイルが落ちてくることが無く、その人の元へと辿りついた。
「大丈夫か?」
蹲っていたのは少女で、爆風に巻き込まれたのか、その服は所々が破れ、焦げていた。
だが、不思議なことに、血が流れたような痕があるのに、怪我が無かった。
そして何よりも、その髪の毛が目立っていた。
その色は桜のようなピンクで、常人離れした美しさを持つ髪だった。
だが、その綺麗な髪も土に汚れていた。
「……誰……?」
「っ!?」
少女が顔をあげ、その瞳が顕わになる。
刹那はその瞳を見て、驚愕した。
なぜなら、少女の瞳には絶望しかなかったからだ。
水色の瞳はくすみ、濁ったかのような瞳であった。
刹那は近くにあった人の死体が、彼女の親しい人間であったと推測した。
おそらく、ミサイルの爆発で死んだのだろう。
「君を助けに来たんだ」
「……貴方も……転生者……?」
「っ!?」
少女の一言で、刹那は今まで以上に驚いた。
まさか自分以外の転生者がいるとは思っていなかったからだ。
「うん、僕も転生者だよ。 だけど安心して。 君は僕が助けるから。 僕が守るから」
「……そう……」
少女の意識はそこで途切れた。
刹那は急に意識を失ったことに驚いたが、整った呼吸音に安心した。
刹那は自分の魔力を流し込み、影の中に入ってシェルターに向けて移動した。
(見た目怪我は無いが)怪我人を運ぶには、この中が都合がいい。
速く、震動もほとんど無く、傷に響きにくいことが特に。
少女を助けた刹那はシェルターに戻り、少女を任せる。
そして、再び外に出て、空を舞う白き騎士を観察する。
(今はまだやれない……)
今持つ力で相手を倒せないことは無いと、刹那は感じていた。
だが、空を縦横無尽に飛び回る相手に対して、機動力が自分の体しかなく、体も発展途上、そして武器の無い刹那にとって、戦うには心許ない。
それに、こんなことを仕出かした騎士を、世界が放っておく訳が無い。
現に、ミサイルの大半が撃墜され、残り二桁前半しか残っていない。
代わりに、戦闘機がちらほら見られるようになった。
その中で騎士と戦うことは、同時に世界に狙われることを示す。
これらの理由で、白き騎士を倒すことが出来ない。
ならば、相手の動きを見て、その動きを覚える。
いずれ、現れるであろうその時のために。
(もしも……お前らがこの罪を背負わないのなら、どこまでも探してやるよ……!)
刹那は、白き騎士を、自分を恨みながら、そして、涙を流しながら、白き騎士を睨み続けるのだった。