小説『IS インフィニット・ストラトス 〜闇“とか”を操りし者〜』
作者:黒翼()

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第三十一話『希望』



「……じゃあ、話しますね」

お茶を啜ると、シャルルから切り出した。

「どこから話そうかな……」

話すことが多いのか、どこから話すか悩む

「まずは、男装していた理由から。 話すならそこからだよ」

「そうですね。 僕が男装してきたのは、実家の方からそう言われたからなんです」

「実家ってことは、デュノア社か?」

一夏がそう尋ねた。

「そうだよ。 僕の父がそこの社長。 その人からの直接の命令なんだ」

「命令って親だろ? 娘にどうして……」

「僕はね、愛人の子なんだよ」

「っ!」

「………………」

一夏は絶句し、刹那は口を閉ざしたままであった。
愛人の子というのが、一般的にどう言うものかは知っている。
刹那と琉歌と夜空の関係のようにはいかないのだ。

「引き取られたのが二年前。 ちょうどお母さんが亡くなったとき、父の部下がやってきたんです。 それで色々と検査をする過程でISの適応が高いことがわかって、非公式ではあったけどデュノア社のテストパイロットやることになったんです」

シャルルは健気に喋る。
刹那と一夏は、それを黙って聞いていた。

「父にあったのは二回くらい。 会話は数回くらいだったかな。 普段は別邸で生活をしているんですけど、一度だけ本低に呼ばれたんです。 あのときはひどかったなぁ。 本妻に人に殴られたよ。 『泥棒猫の娘が!』って。 母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑わなかったんですけね」

あはは、と愛想笑いをするシャルルだが、その声は乾いており、ちっとも笑っていなかった。
その表情は、今にも壊れそうなほどにボロボロで儚かった。
刹那は目を瞑り黙っており、一夏は拳を強く、きつく握り締めていた。

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったんです。 デュノア社でも―――」

「もういい」

そこで、ずっと黙っていた刹那が口を開いた。

「えっ? でもまだ途中―――」

「先に謝っておくよ。 僕は君が女であることを知っていたし、どうして男装して来たのかも、大方の予想は出来ていた。 それでも話させたのは、君の口から真相を聞きたかったからだ。 でも、もういい。 僕もそこまで君が背負い込んでいたとは思っていなかった。 そんなことを話させてしまって悪かったね」

刹那は夜空が得た情報の中に、シャルルのことも載っていた。
故に愛人との子だと言うのも知っていたのだが、流石にその頃の日常までは知ることは出来なかった。
シャルルが受けてきたものを、抱えてきたものの大きさを、小さく見すぎてたのだ。

「デュノア社は経営危機に陥り、今のデュノア社は第三世代型ISのデータが欲しくて仕方が無い。 君が男装してきたのは注目を集めるための広告塔としてで、同じ男なら僕や一夏と接触しやすいから。 で、目的は僕の機体と、一夏の白式の機体のデータを盗むこと。 そうだね?」

「……はい」

シャルルは肯定した。
刹那が得ている情報は、夜空が集めているため、間違いは無いのだ。

「一夏にも刹那さんにもばれちゃったから、僕は本国に呼び戻されるだろうね。 デュノア社は、まあ潰れるか他企業の傘下に入るか、どの道今まで通りにはいかないだろうね。 まあ、僕にはもうどうでもいいことかな」

そう言うシャルルのその瞳に光は無く、諦めきっていた。

「……なんだよ、それ……!」

一夏は、怒気を含ませた声を発した。
同時に、殺気も漏れていて、シャルルはその殺気に脅えた。

「一夏。 わからなくはないけど、殺気が漏れ出しているよ。 シャルルが脅えているから抑えな」

「刹那兄はあれを聞いてどうしてそんなに落ち着いていられるんだよ!」

「一夏、前にも言ったよね。 気持ちは抑え込めるようにしろって。 僕が、あれを聞いて何も思わないわけが無いだろ?」

「ッ!?」

一夏はそれを見てしまった。
刹那は冷静を装っているが、その瞳の奥に、憤怒の炎が燃え滾っていることを。
その炎が、絶対零度の殺意の塊であることを。

「これには流石の僕も、放っておく事はできないな」

刹那は基本、善人である。
そして、家族を大切に思っている。
故に、家族を家族として見ない者を赦せないのだ。

「シャルロット・デュノア」

「は、はい!」

刹那がシャルル―――否、シャルロットの瞳をまっすぐ見て、その名を呼ぶ。
シャルロットは、雰囲気の変わった刹那に名前を呼ばれたことに、反射的に返事をしていた。

「君はどうなりたい? このままデュノア社に縛られたまま生きるか、デュノア社から解放され、自由に生きるか、どうしたい?」

「それは……」

いきなりの問いに、シャルロットは一瞬戸惑ったが、答えは決まっていた。

「自由に生きたいです! 皆を騙して生きるなんて、あんな環境で生きるなんてもう嫌です! 自分を偽るが、自分を騙すのはもう嫌なんです!」

シャルロットは、心の奥に封じ込めていた思いを吐き出すように、涙を流しながら叫んだ。
刹那はその答えを聞くと、満足そうに口角を上げた。

「シャルロット。 君のその願い、この闇影刹那が全身全霊を掛けて叶えよう。 君を、デュノア社の呪縛から解放させてみせよう」

刹那は、そう言うと部屋を出て行こうとした。
扉を開ける前に刹那は立ち止まり、後ろにいる二人にへと声を掛けた。

「シャルロット、悪いけどもうしばらくはそのまま生活を続けてくれ。 一夏、シャルロットを任せたよ」

刹那は、そう言うと部屋を後にしたのだった。

「……どうして……どうして出会ったばかりの僕を助けてくれるの……?」

シャルロットは刹那が立ち去った後、涙を流したまま、そう呟いた。

「刹那兄は根は優しいんだよ。 家族と言う物をとても大切に思い、そして特別な物だと思っているんだ」

「家族……」

一夏は、刹那に助けられた者として、同じ境遇のシャルロットに優しく語りかけた。

「そう、家族。 前に言ったよな。 俺と刹那兄に血の繋がりは無いって」

「う、うん」

「俺もさ、刹那兄に救われたんだ」

「え? 一夏も?」

「ああ。 俺の旧姓は『織斑』なんだ」

「お、織斑って……」

織斑という苗字はそう多くない。
だから、すぐに思い至った。

「そう。 俺は織斑千冬の弟だったんだよ」

今ではどうとも思わないが、血の繋がりがあるのは紛れも無い事実なので言った。

「俺はさ、二回家族に捨てられているんだ」

「二回も!?」

「ああ。 俺が物心着く前に俺と織斑千冬は両親に捨てられ、三年前に俺は織斑千冬に捨てられた。 まあ、二回目は捨てられたって言うのは間違いで、助けに来れなかった、が正解なんだけど。 まあ、どの道俺はあいつの元に帰りたいとは微塵も思っていなかったよ」

「え、えっと、もう少し詳しく話してくれないかな?」

「ああ、悪いな。 そんなこと言われても、訳わかんねえか」

端折りすぎていたことを謝る一夏。

「第二回モンド・グロッソ決勝戦。 織斑千冬が優勝したあの大会の裏で、俺は誘拐された。 日本政府が栄光のために情報を黙っていたんだ。 おかげで俺は危うく殺されかかるんだが、それは刹那兄が助けてくれたから大丈夫だったんだ。 俺はさ、織斑千冬の弟っていうことで、あいつと比較されていたんだよ。 それよりも前から、俺はあいつの負担を掛けさせないようにって、自分を隠し、自分を偽って生きてきたんだ」

「第一回モンド・グロッソがあったのは六年前だよね? それより前って、一夏何歳の時からだったのさ!?」

六年前と言うことは、最低でも、一夏が十歳くらいであったということは確定している。

「さあ? もういつから自分を偽っていたのかわかんねえんだよ。 まあ、そんなことはどうでもいいんだよ。 あいつはさ、俺のためなのかは知らねえけど、よく家にいなかったんだよ。 俺は幼すぎた所為で、自分の心はボロボロになっていて、さっき言った誘拐の時に壊れた」

「こ、壊れたって、そうは見えないよ?」

「そりゃそうだろうな。 壊れた時に無理矢理気絶させられたおかげで、何とか戻ったんだから。 刹那兄がいなかったら、俺は今ここにいなかっただろうな」

あの時の一夏は、命を捨てることすら簡単にしようとしていた。
あの時刹那に気絶させられていなければ、一夏は壊れたまま、死んでいっただろう。

「まあ、そんなこともあってな、俺は『織斑』の姓を捨てて『闇影』の姓を名乗るようになったんだ。 あの時刹那兄たちは、会ったばかりの俺を優しく迎え入れてくれたんだ。 そして、俺はそこで初めて家族の大切さと、暖かさを知ったんだ。 家族って言うのは、人の重要な繋がりだ。 だからまあ、家族を家族と思わない人は、刹那兄も俺も、嫌いなんだよ」

刹那の影響を受けている一夏も、家族を大切にしない者が嫌いであった。
故に、一夏もシャルロットを救いたいと、心から思っていた。
一夏の場合は、昔の自分と似ていると言うことで、自分を偽らずに生きるということを知ってほしいから、ということもある。

「まあ、刹那兄があんな風に言ったんだ。 刹那兄は絶対に、デュノア社から解放してくれる」

一夏は、刹那を信頼していた。
あそこまで言い切る刹那が、失敗するということはありえない。

「だからさ、お前は信じるんだ。 刹那兄をさ」

「うん、そうだね」

そう言うシャルロットの顔は、重荷が取れたような清々しさがあった。




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