第三十二話『噂と衝突する三人』
「そ、それは本当ですの!?」
「はあ!? 何よそれ!」
月曜の朝、教室に向かっている一夏とシャルロットは廊下まで聞こえる声に目をしばたたかせた。
「なんだ?」
「さあ?」
刹那は、シャルロット解放のために、より細かな情報を集めたりしている。
今の情勢、過去の業績、裏で行っていること、デュノア社幹部の友好関係などなど、デュノア社に関係する情報を、片っ端から集めているのだ。
「本当だってば! この噂、学園中で持ちきりなのよ? 月末の学年別トーナメントで優勝したら闇影君と交際でき―――」
「俺がどうしたって?」
「「「きゃああっ!?」」」
話しかけた一夏に返ってきたのは悲鳴だった。
一夏はそれに少しむっとしたが、とりあえず何なのか訊いてみた。
「で、何の話だったんだ? 俺の名前が出ていたみたいだけど」
「さ、さあ、どうだったかしら?」
「ねえアンタ、この話ってほnムグゥ!?」
鈴が何かを言おうとした瞬間、クラスの女子たちに口を抑えられた。
そして、その女子たちはそのまま鈴の口を塞いだままを連れて行くと、こそこそとやり取りをしていた。
「わ、わたくしは自分の席につきませんと」
セシリアたちはそんなことは露知らずといった感じで自分の席へと戻っていった。
解放された鈴も、どこか疲れたように二組へと戻っていった。
「……なんなんだ?」
「さあ……?」
あまりの出来事に、自分が関係していること以外、何がなんだかわからない一夏とシャルルであった。
☆
「「あ」」
時は放課後、場所は第三アリーナ、その人物というのは鈴とセシリアだった。
「奇遇ね。 あたしはこれから月末の学年別トーナメントに向けて特訓するんだけど」
「奇遇ですわね。 わたくしもまったく同じですわ」
二人が狙っているのはもちろん優勝。
今流れている噂の正体は、『学年別トーナメントの優勝者は闇影一夏と交際できる』というものだ。
事の発端は、篠ノ之箒が一夏に『私が学年別トーナメントで優勝したら付き合ってもらう!』と宣言し、それを聞いていた女子たちが流した噂が歪んだことだ。
当然、一夏は認めていないが、そんなことお構いなしと言った感じで、女子の妄想は暴走していた。
鈴はその噂を認めておらず、そんなことで一夏と付き合いたくないからと。
そして、そんな理由で一夏を取られたくないからと。
セシリアはチャンスの少ないため、こうでもしないと付き合えないからと。
だから、二人は優勝を狙っているのだ。
「ちょうどいい機会だし、アタシとアンタ、どっちが上かはっきりさせようじゃない」
「あら、珍しく意見が一致しましたわ。 どちらの方がより強く優雅であるか、この場ではっきりさせましょうではありませんか」
「まあ、刹那さんの訓練を受けているアタシが、アンタに負けるはずが無いけどね」
「言ってくれますわね……」
刹那の恐怖を刻み込まれたセシリアは、それに反論することは出来なかった。
二人はメインウェポンを呼び出し、対峙する。
そんな二人を邪魔したのは、超音速の砲弾だった。
「「!?」」
二人は回避してから、砲弾が飛んできた方向を見ると、そこにいたのは漆黒の機体『シュヴァルツェア・レーゲン』、登録操縦者―――
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」
一夏には相手にされず、刹那にビビッて逃げ出したラウラ・ボーデヴィッヒであった。
「……どういうつもり? いきなりぶっ放すなんていい度胸してるじゃない」
鈴は龍砲をラウラに向けながら、ラウラを睨みつける。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。 ……ふん、データで見たときの方がまだ強そうではあったな」
「はっ、好きに言ってなさい。 私はアンタと遊んでいるほど暇じゃないの」
鈴はラウラの挑発には乗らなかった。
これも刹那の鬼特訓の成果の一つであった。
「……二人がかりで量産機に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。 よほど人材不足と見える。 数くらいしか脳の無い国と、古いだけが取り柄の国はな」
この台詞にセシリアがきれた。
鈴は耐えているが、その瞳は嫌悪に染まっていた。
自分ならまだしも、自分の故郷を馬鹿にされたのだ。
いくら刹那の訓練で煽りに耐性をつけてきたとはいえ、怒りたくもなる。
「まったく、どうして他国を簡単に馬鹿にする奴が、どうして代表候補生なのかしら? 所詮、ドイツもその程度ってことね」
鈴がラウラを嘲るように言うが、その言葉にグサッと刺さっていたのはセシリアの方であった。
クラス代表を選ぶ際に、他国を侮辱し、人を侮辱し、結果刹那に永久に取れること無い恐怖を埋め込まれ、自分を見直すこととなったあの事件を思い出していた。
「何だ、口だけか。 どうせだ。 まとめて掛かって来い。 相手になってやる」
「だから言ったでしょ。 あたしはアンタと遊んでいるほど暇じゃないの」
鈴はあくまでも戦わない。
「負けるのが怖いか? まあ、下らん種馬を取り合うメスに、この私が負けるはずがないがな」
明らかな挑発だが、これで完全に堪忍袋の緒が切れた。
流石の鈴も、一夏の侮辱には耐えられなかったのだ。
「……アンタ、今一夏を馬鹿にしたわね? 一夏のことを何も知らないくせに、一夏が何を抱えてきたか知らないくせに、何を思って生きてきたのかを知らないアンタなんかに! 下らないなんて言わせない!!」
「場にいない人間の侮辱までするとは、同じ欧州連合の候補生として恥ずかしい限りですわ。 その軽口、二度と叩けぬようにここで叩いておきましょう」
鈴とセシリアは自身の得物を握りなおし、ラウラを睨みつける。
「戯言はいい。 とっとと来い」
「「上等!」」
そして、三人はぶつかり合った。