小説『IS インフィニット・ストラトス 〜闇“とか”を操りし者〜』
作者:黒翼()

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第三十九話『ラウラ・ボーデヴィッヒ』



ラウラ・ボーデヴィッヒという少女の話をしよう。
彼女に親はいない。
それは、彼女の親がすでに死んでいる、というわけではない。
彼女は、俗に言う試験管ベビーというものだ
彼女は、人工合成された遺伝子から作られ、鉄の子宮から生まれた遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)だ。
最初に付けられた記号は―――遺伝子強化試験体C-〇〇三七。
『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とは、後に付けられた名だ。
戦いのために作られ、生まれ、育てられ、鍛えられてきた。
彼女が知るのは、どうすれば人体に有効な攻撃ができるかということ。
彼女がわかるのは、どうすれば敵軍に打撃を与えれるかという戦略。

彼女は優秀であった。
その性能面において、最高レベルを記録し続けた。
だが、彼女の頂点はISが登場したことにより、覆された。
ISの適合性向上のために行われた処置『ヴォーダン・オージェ』によって、彼女は転落したのだ。

『ヴォーダン・オージェ』―――擬似ハイパーセンサーとも呼ぶべきそれは、脳への視覚信号伝達の爆発的な速度向上と、超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉眼へのナノマシン移植処理の事を指す。
そしてまた、その処理を施した目のことを『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』と呼ぶ。

その移植に、危険性は一切ない。
理論上では、不適合も起きないはずだった。
しかし、彼女には起こった。 起こってしまった。
それにより彼女の左目は金色に変質し、常に稼動状態のままカットできない制御不能へと陥ったのだ。
この事故で、彼女は軍のIS訓練に遅れを取るようになった。
そしていつしかトップの座から転落した彼女を待っていたのは、部隊員からの嘲笑と侮蔑、『出来損ない』の烙印だった。
彼女の世界は一変し、より深い闇へと落ちて行った。
そんな彼女が初めて目にした光こそが、今や敬愛する織斑千冬であった。

「ここ最近の成績は振るわないようだが、なに、心配するな。 一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。 なにせ、私が教えるのだからな」

彼女の言葉に偽りはなかった。
ラウラに特別訓練を課したわけでないが、千冬の教えを忠実に実行するだけで、ラウラはIS専門に移り変わった部隊の中で、再び最強の座に君臨するようになったのだ。
彼女に安堵はなかった。
彼女を疎んでいた部隊員も気にならなくなった。
そんなことよりも、ずっと強く、堂々と凛々しい千冬に憧れ、焦がれた。

―――こうなりたい。 この人のようになりたい。

そう思った彼女は、千冬が帰国するまでの期間、時間を見つけては話に行った。
話をすることよりも、千冬の側にいるだけでよかった。
側にいるだけで、彼女に勇気が湧いた。
勇気が湧いたからこそ、彼女は聞いてみた。

「どうしてそこまで強いのですか? どうすれば強くなれますか?」

その時千冬が浮かべたのは、後悔と自嘲、怒り、そして何かを懐かしむものだった。

「私には、弟がいた」

いた。
それは過去形であり、今は存在しないということだ。

「……亡くなられたのですか?」

彼女は、はばかられながらも聞いてみた。

「……行方不明なのだ。 あいつは私の所為で、私の愚かさの所為でいなくなった。 未だ生きていると信じている……が、もしも、もしも死んでいるのならば、それは私が殺したようなものだ……」

千冬はこぶしを握り、その手からは血が流れていた。
あの時の自分への怒りと、政府への怒り、そして後悔、己が強いと過信していたことに、家族一人守れないことへの自嘲、そのすべてがそのこぶしに、流れる血を現れていた。

「……あいつを見ていてな、わかるときがあったんだ。 強さとはどういうものなのか、力とは何なのか、それらの先にあるものをな……まあ、結局私が自惚れていただけなんだがな……」

弱弱しい、そんな千冬を見て、彼女は思った。

(違う。 私が憧れる貴女ではない。 貴女は強く、凛々しく、そして堂々としているのが貴女なのに)

だから赦せない。
千冬にそんな顔をさせた存在が。
だから赦せない。
千冬にそう思われていながらも、千冬の前に姿を現さない弟に。
だから認めない。
千冬を変えてしまう、変えてしまった弟を。
だから認めない。
ここで敗北する自分を。

(だから、敗北させると決めたのだ。 あれを、あの男を、私の力で、何があっても完膚なきまでに叩き伏せると!)

標的である男は、まだ彼女の目の前で動いてる。
今の彼女では勝てないほどに強い男でも、動かなくなるまで、徹底的に壊さなくてはならない。
そのために―――

(力が、欲しい)

ドクン……と、彼女の奥底で何かが蠢いた。

『―――願うか……? 汝、自らの変革を望むか……? より強い力を欲するか……?』

(言うまでもない。 力があるなら、それを得られるのなら、私など―――空っぽの私など、何から何までくれてやる! だから、力を……比類なき最強を、唯一無二の絶対を―――私によこせ!)

Damage Level……D.

Mind Condition……Uplift.

Centification……Clear.

(Valkyrie Trace System)……boot.

禁忌の力が、彼女を呑み込んだ。



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