第四十二話『告白』
「……で、どうしよう?」
「どうしようといわれても、俺はいいから入って来いよ」
箒を運んだ後、一夏とシャルロットはお風呂場の更衣室で話していた。
その内容はもちろん、入浴についてだ。
一夏は風呂好きだが、シャルロットは女である。
流石に、混浴をしてまで入りたいとは思えない一夏である。
「いや、でも、一夏ってお風呂好きなんでしょ?」
「確かに好きだが、言ったか?」
「言ってないよ。 でも、さっきの先生とのやり取りで、なんとなくわかったよ」
一夏のことをよく見ているからこそわかったことであった。
「俺はいい。 シャルロットが入って来いよ」
「僕はいいよ。 僕、そこまでお風呂好きじゃないし、一夏はお風呂好きなら、一夏が入ってよ。 それに、一夏は今日頑張ったんだし、お風呂を我慢する必要はないよ。 僕のことは気にしなくていいから、ね?」
「……そこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらうかな」
シャルロットの言葉に流され、一夏はその言葉に甘えてお風呂に入ることにした。
一夏はシャルロットの視界に入らない位置まで移動すると、一気に服を脱ぐ。
「じゃあ、悪いが入らせてもらうぞ」
「う、うんっ。 ごゆっくりっ」
一夏は一応大浴場に入る前にシャルロットに声をかけたのだが、返ってきたのはびっくりしたような声で、一夏は訝しむが、そこまで気にせずに浴場に足を踏み入れた。
「なかなか広いな」
それが、浴場を見ての感想だった。
そして、大きい湯船が一つ、ジェットとバブルのついた中くらいの湯船が二つ、さらには檜風呂が一つ。
さらにはサウナに全方位シャワー、打たせ滝まであるという充実した設備。
流石はIS学園、と言ったところである。
ちなみに、戦艦内にある風呂場も広いものは広いが、使用者の人数が少ないため、流石にここまでは大きくない。
まあそれでも、ここに追随するほどの大きさと設備の多様さなのだが。
一夏は体を洗うと、湯船につかる。
実に久しぶりの入浴であった。
「ふぅ……」
久しぶりの感覚に、心が落ち着く一夏。
(やはり風呂が一番落ち着くな。 風呂こそ至高の文化だな、うん)
やっぱり一夏はかなりの風呂好きであった。
くつろぎすぎていたのか、普段なら気づいてもおかしくないことを見落としていた。
カラカラカラ……。
(……? 今、扉が開くような音がしたような……)
リラックスし、脱力した一夏の思考は、それが意味することに気づいていなかった。
ぴたぴたと、濡れたタイルの上を歩く音が聞こえる。
「お、お邪魔します……」
「っ!?」
その声で、ようやく気づいた一夏は、完全に意識を切り替えていた。
いや、切り替えざるを得なかった。
現れたのはやはりというかシャルロットであり、風呂場らしく一糸纏わぬ姿であった。
その体はタオルで隠されてはいたが、所詮は薄手のスポーツタオル。
その向こう側の肌の色がうっすらと透けて見え、さらにはボディラインは逆行の所為もあり、くっきりと見えていた。
「な、なななな、なぁっ!?」
「……あ、あんまり見ないで。 一夏のえっち……」
「っ、す、すまんっ!」
一夏は混乱した思考の中で、即行で体を180度向きを変え、シャルロットを視界に入れないように俯いた。
その顔は、のぼせるとは違う意味で、赤くなっていた。
「い、いや、ちょっと待て! 何がどうなってるんだ!? どうしてシャルロットがここに!? いや、確かに風呂に入ることを勧めたのは俺だが、それ以前に混浴とかどうなんだ!?」
混乱はそう簡単には治まらず、矢継ぎ早に疑問を投げかけていた。
「ぼ、僕が一緒だと、イヤ……?」
「いや、決してそういうわけでは! むしろ嬉しいですけども!」
一夏は、相当おかしくなっていた。
その証拠に、自ら爆弾を投下していた。
(ああっ!? 俺は何を言ってんだ!? 馬鹿じゃねえのか!? いや、馬鹿なのか!?)
一夏は、やらかしてしまった自分の発言に、自己嫌悪していた。
「お、俺は出る! シャルロットは風呂に入っててくれ!」
「ま、待って!」
逃げるように湯船から出ようとした一夏に、シャルロットは大声で呼び止めていた。
「そ、その、大事な話があるんだ……」
「……それは、ここでなければならないことのなのか?」
ようやく、冷静を取り戻してきた一夏は、シャルロットにそう問いかけていた。
一夏も健全な男子高校生だ。
かわいい女子との混浴は、いろいろとまずい。
できることならば、早くこの場から逃げ出したいというのが本心なのだ。
「う、うん。 できたらここがいいかな……って、思うんだけど……」
「……わかった」
一夏は腹を決めて、湯船に浸かりなおした。
もちろん、シャルロットは視界に入れていない。
「僕、明日から、性別を明かそうと思うんだ」
「そうか」
「でも、怖いんだ……」
シャルロットの声が震えていることに気づいた一夏。
「怖い? どうして?」
「僕はみんなを騙して、ここで生活してきたんだよ? 一夏や刹那さんたちは僕を許してくれたし、怒ってくれた。 でも、他の人たちの反応が怖いんだ……」
「シャルロット……」
人は集団になると、ある特定の人物を虐げる習性を持っている。
俗に言ういじめで、特定の誰かを虐げることで優越感に浸る、嫌悪すべき行動だ。
シャルロットは、周囲を騙していたことで、いじめの対象にならないか、恐怖を感じているのだ。
「大丈夫だよ、シャルロット」
「え……?」
「たとえ周りがシャルロットを拒絶しても、俺だけは何があっても拒絶しないから。 俺が君を守るから。 だから、大丈夫だよ」
一夏は、優しく言い聞かせた。
本来なら、目を見て言いたかったのだが、状況が状況なので、声だけで思いを伝えた一夏である。
「……やっぱりだめだな……」
「シャルロット……?」
一夏は、シャルロットの言葉に訝しむ。
すると、シャルロットは一夏の傍へと、背中まで移動した。
「本来ならこんな場所で言うようなことじゃないんだけど……」
「お、おい、シャルロット!?」
シャルロットは、一夏の背中から抱きつき、一夏はそんなシャルロットの行動に、再び思考が狂いだす。
「やっぱり、僕は一夏が好きみたい」
「………………」
狂いだした思考は、一瞬で治まった。
状態はどうであれ、その言葉を聞き流すなど、到底できることではない。
できるはずがない。
「本当なら、もっと雰囲気のある場所で言いたかったんだけど、ごめんね? この気持ちを早く一夏に伝えたくて……」
「……本当なのか? 『like』じゃなくて、『love』の好きなのか?」
一夏は、信じられなくて聞き返していた。
「本当に鈍感なんだから。 ―――私、シャルロット・デュノアは、闇影一夏という男性を、異性として愛しています」
シャルロットの告白に、一夏はほぼ完全に停止した。
かすかに動いていた僅かな思考が、何とか言葉を紡いだ。
「どう、して……? なぜ、俺なんだ?」
「こんな僕に真剣に怒ってくれた一夏が、こんな私に優しくしてくれた一夏が、強くてかっこいい一夏が、時々慌てるかわいい一夏が好き。 一夏の全てが愛おしいんだ」
シャルロットの思いに、一夏の思考は今度こそ完全に停止した。