第四十八話『一夏とシャルロットの初デート』
(視線が消えた……刹那兄たちが何かしたんだろうな、きっと。 まったく、本当に刹那兄たちには頭が上がらないな)
一夏は、刹那たちと一緒にいたときから感じていた視線がなくなっていることに気づいていた。
それが、刹那たちであることは、容易に想像できるため、心の中で感謝をしていた。
「一夏、どうかしたの?」
一夏の隣で一緒に歩いているシャルロットが、一夏の様子を機敏に感じ取り、一夏に聞いてきた。
「……もしかして、私と一緒にいるの、楽しくない……?」
シャルロットは、一夏が別のことを考えているのが、自分といるのが楽しくないと、そんな風に思えてしまい、不安げに尋ねていた。
「そんなことない! シャルロットと一緒にいれるだけで、俺は楽しい! 今のは、視線がなくなったなって思ってただけだ!」
「視線……?」
元々普通なシャルロットには、人混みの中で少数の視線を、機敏に感じ取れるほどの探知能力はない。
だから、視線がなくなったことに、気づいていなかったのだ。
ただ、洞察力に優れているシャルロットは、ISのコア・ネットワークに鈴とセシリアのISの反応がないことで、何かあるのだろうとは予測はついていたのだが。
ちなみに、『コア・ネットワーク』とは、全てのISが繋がっている、特殊な情報網のことだ。
元々宇宙開発用のIS(という設定だと思っている刹那たち)には、互いの位置情報を恒星間距離においても、正確に把握する必要があったため、それぞれが互いの位置を認識できるという特徴があるのだ。
もちろん、正確な位置座標を割り出すには、互いの認証がいるのだが、それがなくとも大体の位置は把握できるようになっている。
しかし、そうしたコア・ネットワークによる情報によって位置の特定を避けるための、潜伏モードというのが存在している。
今回、シャルロットは新たな愛機シリウスから、ISの位置情報を念のため探っていたら、鈴の『甲龍』と、セシリアの『ブルー・ティアーズ』の反応がなかったため、直感したのだ。
ちなみに、刹那が造ったシリウスは、一方的にコア・ネットワークに介入しており、普通のISからシリウスの位置情報を得ることはない。
もちろん、シリウスには刹那の『己が栄光のためでなく』が付与されており、篠ノ之束に気づくことすら赦していない。
「ああ。 ここに着いたときから、視線を感じていたんだ。 生憎、距離があったようだから、正確な人物は掴めなかったけどな。 多分、刹那兄たちが何かしたんだろう。 だから、やっぱり刹那兄たちには頭が上がらないなって、思い直していたんだ」
「そうだったんだ……」
「俺が、シャルロットといてつまらないなんてことはないよ。 俺は、シャルロットと一緒にいれるだけで幸せだから」
「うん……」
恥ずかしげもなくそんなセリフを言う一夏に、シャルロットは頬を赤らめながら、一夏に身をもたれさせた。
☆
「水着売り場はここだな」
一夏たちは、あれから少し歩いて、ショッピングモールの二階にいた。
ここは『レゾナンス』。
駅舎を含み、周囲の地下街全てと繋がっている、大型ショッピングモールだ。
食べ物は和・洋・中などなど完備されており、衣服も量販店から海外の一流ブランドまで網羅している。
そのほかに、各種レジャーも充実しており、全年齢に対応可能だ。
曰く『ここでなければ市内のどこにもない』と言わしめるほどに、巨大なのだ。
「シャルロットも水着買うんだったよな」
「うん。 元々私は男として入ってきたからね。 それに、処分もしちゃったから、女物の水着なんて持ってないよ」
フランスの実家には、シャルロットの荷物もたくさんあったのだが、大切なものを残して、それ以外は大抵処分してしまったのだ。
だから、シャルロットの私物は少ないのだ。
もっとも、刹那たちの協力もあり、服などの私物は増えてきているのだが。
「じゃあ、一端別れないといけないな。 水着売り場は、男女で分かれちまってるから」
「えっと……一緒に見ない……?」
「一緒に?」
シャルロットの提案に、一夏は少し驚いていた。
「うん。 せっかくのデートなんだし、離れたくないなぁって思って……ダメ?」
「そ、そうだな。 記念すべき初デートなんだし、離れるのはよくないな!」
上目遣いでお願いするシャルロットを断れるはずもなく、肯く一夏。
もっとも、一夏もシャルロットと離れたくないというのがあるのだが。
「じゃあ、先に俺の方に行ってもいいか? 俺はシャルロットの方に時間を掛けたいんだ」
「それは悪いよ! 一夏の方に時間を掛けようよ」
「いいんだ。 最近の風潮の所為で、男女差が激しくなっている。 水着のエリアも、それが顕著に現れているんだ。 男子の方の水着の方が、圧倒的に少ないんだ。 だから、種類の多い女子の方が必然的に時間が掛かるし、俺も時間を掛けたいんだ」
「……わかったよ。 一夏がそう言うのなら、そうさせてもらうね?」
「そうしてくれ。 ……さて、行こうか、シャルロット」
「うん」
一夏とシャルロットは、先に一夏の水着を買うために、男性水着売り場へと向かった。
「意外に、種類はあるみたいだな」
「これより少なかったら、この規模のショッピングモールとしては最低だと思うよ。 まあ、今の時代の風潮が、こうさせてしまったんだろうけどね」
一夏とシャルロットは、男性用水着と女性用水着の種類の豊富さに、数倍の規模の違いがあることを見て、今の『女尊男卑』という風潮がこうさせてしまったのだと、改めて今の風潮に不満を感じていた。
「さて、今は風潮の間違いはどうでもいいか。 とりあえず、まずはとっとと俺の水着を選ぶとしよう。 他の男性客が、シャルロットのことを見て……チッ、中に気持ち悪い視線が混ざってやがる……消すか」
一夏は、他の男性客からの視線を感じ、機敏にその視線の意図を読み取り、物騒なことを呟いた。
「それは止めよう! というより止めて! 何か最近一夏病んできてない!?」
流石のシャルロットも、まだ普通の領域にいるため、というより倫理的にアウトなので、一夏の発言にツッコんでいた。
というより、今の一夏なら、本当に殺ってしまいそうなので、シャルロットも黙っていられなかったのだ。
「シャルロットのためなら、俺は何でもスルゾ。 邪魔者は、排除シナケレバナラナイ……」
「戻って来て! いつもの一夏に戻って!」
瞳のハイライトが消える一夏に、シャルロットは一夏の肩を揺らして正気に戻そうとする。
「シャルロットを気持ち悪い眼で見る奴は、皆滅ンデシマエバイインダ……」
「何でどんどん病んじゃうかな!? 私の言葉届いてる!?」
一向に瞳のハイライトが戻らない一夏に、シャルロットは叫んでいた。
「届いてるぞ?」
「〜〜〜!!」
叫んだ直後に瞳にハイライトが戻る一夏に、シャルロットは声にならない叫びを上げていた。
「慌てるシャルロットも可愛いかったなぁ」
そんなシャルロットに、一夏は和んでいた。
シャルロットからしてみたら、堪ったものではないが。
「一夏……わざとやってたの……?」
若干涙目で睨み付けるシャルロット。
(ああ……涙目で睨むシャルロットも可愛いなぁ)
そんなシャルロットを見て、またまた和む一夏。
「おう。 まあ、あれは全部本心だけど」
和みつつも、シャルロットの問いには答える一夏。
「あれが本心っていうのも危険だと思うけど……そんなことより! もうあんなことしないでよ! ツッコムのも大変なんだからね!」
「悪い悪い。 シャルロットが可愛すぎてついな」
「一夏なんてもう知らない!」
そう言ってそっぽを向くシャルロットだが、その頬は赤くなっていた。
一夏は、それが怒りから来るものではないことを感じ取れたため、頬をさらに緩ませる。
「本当、シャルロットは可愛いなぁ」
そう言いながら、シャルロットを抱き寄せる一夏。
二人はもう、周りにいる人々のことを完全に忘れて、自分たちの世界へと入り込んでいた。