第六話『神との会合』
「ここは……あの時の……」
意識が切り替わり、刹那は転生する時にいた、あの白い空間にいた。
「……まさか、死んだのか……!?」
「それは違います」
背後から声がしたので振り返ると、そこには刹那を転生させた女神がいた。
「久しぶり、とでも言った方がいいのかな?」
「ええ、久しぶりね。 と言っても、私は貴方たちを見ていたから久しぶりじゃないけど」
「たち? 琉歌のことも知っているのか?」
刹那がそう言うと、女神はばつが悪そうに頬をかいた。
「えっと……それについてはごめんなさい。 またこちらの手違いよ。 ごめんなさいって、貴方の方から謝ってくれないかしら?」
「貴女が……貴女が琉歌を転生させたのかな?」
刹那は思ったことを口にした。
「それは違うわ。 私とは違う神が転生させたの」
「じゃあその神が琉歌に謝ればいいんじゃないのかい?」
自分が今女神と会っているのだから、出来るだろうと推測した刹那だった。
だが、刹那の予想は裏切られた。
「それは出来ないの。 本来、一度転生させた者には不干渉であるのが普通なの」
「だけど、貴女は僕と干渉している。 話が矛盾しているよ」
「それは、これの所為よ」
現れたのは黒い結晶。
刹那がこの空間に来る前に触れた物だ。
「これは一体何なんだい?」
「これは本来、貴方の力となる物だった」
「だった? それってどういうことなのかな?」
過去形でないことに、刹那は疑問を覚えた。
「貴方の能力は、貴方の成長と共に開放されるように設定したの。 そして、これは貴方に渡される最後の能力。 ISの世界で生きるのなら必要になるかもしれないと思い、私が考えて造ったのがこれなの」
「神が造ったと言うことは、マジ物の神造兵器じゃないか」
「自慢じゃないけど、私は高位な神なの。 琉歌って娘を転生させて神よりも高位な神なのよ。 それは貴方のいる世界では、その世界で最強の武器となるはずだったの」
「はずって、それは貰えないのかな? 貰えないならそれで構わないけど」
刹那は、今ある力だけで満足している。
なぜなら、『無毀なる湖光』を使えば、ISをも圧倒する力を発揮できるからだ。
「いいえ。 元より貴方に渡すために造ったのだから、貴方に渡すわ」
「じゃあ、どうして僕を呼んだんだい?」
刹那は女神の的の射ない言葉に、少しいらだっていた。
「それには、原初の神、カオス様の力の欠片が混ざってしまったのよ」
「……は?」
刹那の思考は停止した。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。 話のスケールについていけていないんだ」
「まあ、わからなくもないわ。 だって、私たち神々も驚いているのだから」
刹那は必死に頭の中を整理をし、何とか落ち着いた。
「私が造ったそれに、なぜか原初神様の力が混ざってしまったのよ。 その所為で、元の性能よりも桁違いの、異常な性能になってしまったのよ」
「つまり、元より危険な物が、原初神の力が混ざったことにより、より危険になったってこと?」
「そういうことよ」
刹那は一瞬考えた。
「……それって、やばいよね?」
「途轍もなくやばいわ。 だから、貴方に干渉したのよ。 このことを説明するためにね」
「というより、どうしてカオスの力が混ざったんだい?」
「わからないわ。 ただ、ごく稀に、神々の力が転生する人間に反応することがあるの」
「今回は、それが僕だったってことかな?」
「そう言うこと。 特に貴方は珍しいを通り越してはっきり異常なの。 神々の中でも強力な力を持つ原初の神々。 原初神の力に反応する人間は、過去にいたわ。 その原初神の中でも、カオス様の力は別格で、反応する人間は過去に存在しなかった。 貴方が、初めてカオス様の適応者なの」
そこでふと、刹那は異様な、そして異常な威圧感を感じたので振り返った。
そこには、神々しい雰囲気の男性がいた。
「お父様!? どうしてこちらに!?」
「うむ。 神界初の、カオス様の適応者である人間を一目見ておきたくてのう」
刹那は、その男性神の神々しさと威圧感に警戒をした。
体が勝手に反応しているのだ。
「そんなに警戒せんでもよかろうに。 お主、名はなんと言う?」
「……闇影刹那」
「硬いのう。 もっとフランクに出来んのか?」
「お父様。 多分お父様に威圧されているのだと思います。 お父様は人間には威圧的に見えるでしょうから」
「む、そうだったのか? それはすまなかったな」
威圧感が抑えられたのか、気が軽くなった刹那は、そこで警戒を解いた。
敵意が無いのを感じているからだ。
「貴方は、一体何者なのかな? その威圧感は異常すぎる。 いくら神の父親だとしても、ここまで違うものだとは思えないんですが?」
「おお、忘れておった。 儂はゼウスと言う」
「ゼウスだって!?」
目の前の男性がゼウスだということに驚愕した刹那。
ゼウスは、ギリシア神話に出てくる全能神だ。
自分を転生させたのが、そんなゼウスの娘だと言うことにも気づき、さらに驚いた。
だが同時に、その威圧感の異常さに納得もいった。
「まさか自分の娘が転生させた者が、カオス様のお力に反応する者だとは……」
「というより、私たち神もカオス様のお力に反応するような人間がいるとは思ってもいなかったんですけど」
「原初神の力に反応するって言ってるけど、どうして神じゃなくて人間なの? 神なら、同じ神を選ぶんじゃないのかな?」
人間よりも遥かに優れた存在である神。
その中でもさらに優れた能力を持つ原初神が、何故人間を選ぶのか、理解できなかった。
「それは、神同士だと、互いの力が拮抗してしまい、拒絶されてしまうの」
「だが、人間は力を持たぬ。 個人差はあるが、人間には力の空き容量があるのだ。 ただ生きる分には意味は無いものじゃが、神の力を内包出来るほどの容量を持つ者がごく稀におる。 それが適応者じゃ」
「じゃあ、その容量ってのが異常なほどに大きい人間が、原初神の力に反応するんだね」
刹那は、話を聞いて推測する。
「いや、それだけではない。 原初神の力を内包できるだけの容量を持つだけでは駄目なのだ。 その原初神に気に入られるのか、どのような条件かは知らぬが、原初神が認めた者だけが、その力を扱えるのだ」
「そして、貴方に反応した原初神カオス様は、誰も姿を見たことの無い、膨大な力の塊なのです」
「力の塊? カオスに意思は無いのかい?」
「わかりません。 ただ、カオス様は原初の神で、全ての始まり『空の空間』に存在すると言われているのですが、誰もカオス様を見たことが無いのです。 ですが、カオス様は存在します。 そのお力は全ての神々の力をも凌駕するほどに強大であり、『空の空間』から溢れただけの、ただの欠片であっても、その力は中級神を越えます。 その溢れた力の欠片が、私たち神々の創りしルールを塗り替えることもあるのです」
スケールの大き過ぎる話に置いて行かれない様に、必死に頭に入れ込む刹那。
「カオス様のご意思を理解する者はいません。 カオス様に意思があるのかすらもわからないのですから、カオス様に選ばれる人間も存在しないと思っていました」
「だが、お主は選ばれた」
「それがただの偶然かもしれませんが、カオス様の溢れた力の欠片が、私の造った結晶に混ざり、それでもなお、貴方に強く反応している。 貴方は、カオス様の力を扱える適応者なんです」
刹那が、宙に浮かぶ黒き結晶に視線を向けると、先ほどよりも強く発光を繰り返した。
「貴方はカオス様に選ばれたのです。 そんな貴方に、私たち神々からお願いがあります」
「お願い?」
「そのカオス様の力を使い、カオス様のことを知ってほしい。 そして、それを私たちに教えて欲しい」
「原初神の中で、唯一誰にも見ることが出来ず、理解することの出来ぬのがカオス様なのだ。 カオス様が何故お主を選んだのか。 何故カオス様は姿を現さないのか。 そんな儂ら神すらも知りえないことを、知ることが出来るのは唯一人、お主だけなのだ。 だから頼む。 儂らの頼み、聞いてくれぬか?」
ゼウスは刹那に頭を下げて頼んだ。
「あ、頭を上げてください! 僕だって、ぶっ飛び過ぎている話についていけてないですから!」
刹那は慌てる。
全能神と言われるゼウスに頭を下げられるという、あまりにもぶっ飛んだ出来事に軽くパニックに陥っているのだ。
「正直、内容がぶっ飛び過ぎて付いていけていません。 だけど、それは受けます」
「本当か?!」
「ええ。 神すらも知りえないことを知れるかもしれないという、こんな最高なことは無い。 だから、この力を使うのなら、それくらいはしますよ。 力の代償と言う奴です」
「ありがとう。 感謝する!」
再び頭を下げるゼウス。
「そ、そう言えばあの力、それほどに強力なら、世界を壊してしまうんじゃないか?」
話を変えるように、気になったことを言う刹那。
「確かに壊してしまう。 だが、それは儂ら神たちが総出で抑え込んだ。 それでも強力だが、最初ほど強くは無い。 だが忘れるな。 そのリミッターが外れれば、下手をすればその世界を完全に破壊してしまうことを」
「肝に銘じておくよ」
刹那は、発光を繰り返す黒き結晶が気になり、それに触れる。
「っ!?」
だが、何かから逃げるように、その手を離した。
(な、何だ、今のは……!?)
「どうしたのだ!?」
「……触った瞬間、何にも無い、闇のような黒い空間に何かがいた。 ついすぐに手を離した所為で見れなかったけど、あれは間違いなく、人の形をしていた」
「それが、カオス様……?」
「多分だけどね」
刹那は心を落ち着かせて、再び結晶に触れる。
そして再び刹那の脳裏に流れ込む黒き空間の映像。
その中心にいる人の形をした何かを、刹那は確かに見た。
それは黒き髪の美しき女性だった。
その女性は自らを抱くように蹲っており、顔を上げて刹那を見た。
脳裏に流れる映像のはずなのに、まるで実体験をしているような、そんな感覚であった。
その女性の瞳は黒く、まるで宝石のような美しさを持っていた。
『……やっと……見つけた……私の……』
そんな声がして、意識は戻った。
「……あれが、あんな女性が……カオス、なのか……?」
刹那は自分が見た光景が信じられなかった。
確かにカオスが人の形をしているのはわからなくもない。
現にゼウスや女神も人型をしているのだから。
だが、話を聞いていた自分のカオスの理想像は、ただの力の塊だと、そう錯覚していた。
だが違った。
あれがカオスならば、神の思い描く『原初神カオス』と言う存在はまったくの偶像だ。
誰にも認識されなかったカオスが、もしもあの女性がカオスならば、カオスは世界の始まりからずっと孤独だったことを意味する。
「カオス様は女性だったのか?」
「あれが……あの人がカオスならば、あのカオスはずっと孤独だった。 貴方たちの話を聞いている限りだと、あの人は世界の始まりから孤独だったんだ……!」
そう言う刹那の瞳からは、自然と涙が流れていた。