小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第3話 〜 そこにある真実はひとつ(1)

 唐草潤太の自宅の居間は、何とも言えない沈黙に包まれていた。
 ごく一般家庭に現れた人物。それは、決して有り得ない現実だった。
 不思議な出会いで知り合った女の子、信楽由里。
 弟の拳太が叫んだ名前、スーパーアイドルの夢百合香稟。
 潤太の頭の中は、混乱という激しい渦に飲み込まれていた。
 潤太は、突然訪れたその女の子を居間に通し、その真意について尋ねてみることにした。
「き、君は、あの時の、女の子だよね?」
「ええ。」
「ど、どうしてボクの家がわかったの?」
「あなたの学校の先生から教えてもらったの。」
「え!?ど、どうしてボクの学校を知ってるの?」
「今日、あなたの学校に行ったからよ。ドラマの撮影のためにね。」
「き、君はいったい...!?」
 頭が整理できない潤太に、拳太が苛立つように水を差す。
「兄貴、さっきから言ってるじゃないか!この人は、あの夢百合香稟ちゃんだってば。顔を見ればわかるじゃないか。」
「う、うるさいな。おまえは黙ってろよ。」
 香稟は、戸惑う潤太にすべてを打ち明ける。
「弟さんの言う通りよ。あたしの名前は夢百合香稟。今日、あなたの学校でドラマの撮影があってね。でも、びっくりしたわ。下駄箱の名札にあなたの名前があったんですもの。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あの時、君が名乗った信楽由里って、いったい誰なのさ!?」
「それもあたしよ。信楽由里は、あたしの本名。夢百合香稟は芸名なの。」
「ほ、本名!?」
 ここまで来ても、まだ頭の整理ができていない潤太。
「そ、それなら、どうしてそのことハッキリ言わなかったの!?ホントのことどうして隠したりしたんだい?」
「そ、それは...。」
 香稟は悲しそうにうつむいてしまった。
「...だって、もしホントのことを言ったら、あなたはきっと、あたしのことをアイドルとして見てしまうと思ったから。」
「そ、それはどういう意味!?」
 香稟はゆっくりと顔を上げた。
「あの時あたし、テレビ局へ向かう車から逃げ出した後だったの。今時の高校生みたいに、自由気ままに遊んでみたかった。その想いが、あたしをそんな大胆な行動に走らせたわ。でも、逃げ出したのはいいけど、わざわざ変装したのに、あっさりばれちゃって。大勢の若い人達に追いかけられて、それはもう大変な目に遭ったわ。」
 潤太は、黙って彼女の話を聞き入っている。
「あたしを探してたマネージャーから逃げるため、あたしは薄暗い路地へと逃げ込んだ...。そこで、潤太クン、あなたに出会ったのよ。」
「あ、あの時、かくまってくれって言ったのは、そういう理由だったというの?」
「うん...。」
 彼女は話を続ける。
「でも、あなたは...。このあたしに気付かなかった。この人だったら、あたしを一人の普通の女の子として接してくれる。そう思ったの。」
 拳太は後頭部に手をあてて、悔しそうな顔で口を開く。
「何で兄貴ばっか、そういういい思いしてんだよぉ!オレもそんな出会いしてみてぇなぁ...。」
 香稟はかわいい笑みを浮かべて話す。
「無理なお願い聞いてくれて、すごく感謝してるの。だから今日は、そのお礼を言いたくて。」
 拳太は目を細めて、潤太の照れ顔を見つめた。
「ねぇ兄貴、香稟ちゃんに何お願いされたんだよ?」
「彼女と一緒に遊んだだけさ。渋谷とか原宿とかで。」
「な!な、何だとぉ!?」
 拳太はおののくように、座ったまま後ずさりしてしまった。
 悔しがる彼は、握り拳に力を込めながら叫ぶ。
「くぅ〜!ホントに兄貴ばっかりぃ〜!くやしいぃ...!!」
 握り拳を床に叩き付けている弟を後目に、兄は冷めた視線を彼女に送っている。
「申し訳ないけど、ボクはやっぱり信じられないよ。街中で偶然知り合った女の子が、実はスーパーアイドルだったなんて...。確かに顔はそっくりだけど、ほら、この世界には、三人は自分にそっくりな人間がいるっていうしね。」
 その時の彼の表情は、現実味のないこの事態を認めたくないといった感じだった。
「それじゃあ聞くけど、どうしてあたしがここへ来ることが出来たのか、それを考えてみて?あたしが夢百合香稟じゃなかったら、あたしはどうやって、ここの住所を知ることができたというの?」
「そ、それは...。もしかしたら、学校にいるボクを見かけて、先生に尋ねたのかも知れないし。」
 潤太はやはり、彼女のことが信用できない様子だ。
 そんな彼に焦れたのか、香稟は口調を徐々に強めていた。
「その方が不自然過ぎるわ。確かに、見かけたとすれば、尋ねたりできるだろうけど、そんな一般人に、先生が易々とあなたの住所を教えてくれると思う?」
「で、でも不可能じゃないと思うし...。」
「もう!どうして信じてくれないのよ!?」
 香稟は我を忘れてヒートアップしている。
 そんな彼女の興奮を冷まそうと、拳太が偉そうな顔で割って入った。
「まぁまぁ、香稟ちゃん、落ち着いてよ。兄貴はさ、どうも頭が固くてダメなんだよね。そこで、オレにいいアイデアがあるんだ。」
「ア、アイデアって...?」
 問いかける二人に、拳太はそのアイデアを説明する。
「オレが、香稟ちゃんにクイズを出すんだよ。そのクイズってのは、香稟ちゃん本人しかわからない問題ってヤツだ。もし、問題を間違えちゃったら、彼女は本物じゃないってことになる。いいアイデアだろ?」
 潤太は、偉そうにふんぞり返る拳太に問い返す。
「待てよ。本人しかわからない問題を、おまえがどうやって出題するんだ?」
 拳太は自慢げな笑みを浮かべる。
「フッフッフ!こう見えてもオレは、香稟ちゃんの超スペシャル大ビッグファンなんだぜ。香稟ちゃんのこと何でも知ってるこのオレだからこそ、このアイデアが使えるのさ。」
「おまえ、強調するのはいいけど、超とスペシャルは同じ意味だぞ。何か怪しいなぁ。」
「まぁまぁ、兄貴。オレを信じろって。」
 このままでは何の進展もないと判断した潤太は、拳太のアイデアに賛成することにした。無論、香稟の方も、やむを得ず納得した。
「よーし。それじゃあ、香稟ちゃん。オレの問題に答えてね。」
「う、うん。」
 いくら自分にまつわる問題とは言え、妙な緊張感に包まれた香稟。彼女の鼓動は、大きく打ち鳴らされていた。
「じゃあ、第一問。香稟ちゃんの生年月日は?」
「1983年、9月14日よ。」
「ピンポ〜ン、正解でーす!」
 わからないはずのない、自分自身の生年月日を回答しただけなのに、なぜかホッとしている香稟であった。
「おいおい、そんな問題じゃ意味ないぞ。」
 潤太は冷めた口調で、拳太の作成した問題にケチを付けた。
 拳太はにやにやと笑いながら、次の問題へと進む。
「ほんの小手調べだよ。それじゃあ次の第二問いくよ。香稟ちゃんの出身地はどこでしょう?」
「神奈川県の藤沢市。」
 本人だから当たり前だが、迷うことなく淡々と答える香稟。
「え...!?」
 拳太はギョッと目を大きくした。その怪しげな顔に驚く香稟。
「う、嘘じゃないわ!間違いないはずよ!」
「へへへ〜。せいかーい!ビックリした?」
「もう!冗談は止めてよ!」
 彼女は怒りながらも、ホッと胸をなで下ろす。そんなに自分の答えに自信がないのだろうか?
 潤太は一人冷静に、拳太に冷ややかな視線を送っていた。
「おい拳太。ふざけてないで真面目にやれよ。」
「わかってるって。そんなマジな顔すんなよぉ。さーて、いよいよ第三問といきますか!」
 次なる問題を前に、なぜか香稟は身構えた。
「...い、いいわよ。」
「んじゃあ、香稟ちゃんのスリーサイズを答えて下さーい!」
「えぇ!?ちょ、ちょっと、待ってよ!そ、そんなこと...!」
 香稟は真っ赤な顔して叫んだ。それもそのはずで、香稟はプロフィール上、スリーサイズなど公表していなかったからである。
「そ、それは...。」
 恥らいながら口ごもる香稟。
 彼女はおもむろに、にやけた顔した拳太から視線を逸らせてしまった。
「おい、そんな問題はやめろよ!彼女に失礼だろう!」
 潤太は眉を吊り上げて、卑しい笑顔の拳太に文句を付けた。
 香稟は、そんな潤太の制止を聞く間もなく、思いっきり目を閉じたまま、鉄扉のような重たい口を開く。
「83、54、86...。」
「うそ!?」
 拳太は思わず驚いた。
 潤太も、素直に答えた彼女を前にたじろいでしまった。
「へぇ、スタイルいいんだね、香稟ちゃん。わーい、いいこと聞いちゃった!」
「え...!?も、もしかして、それって。」
「ハハハ、実はひっかけだったんでーす!いやぁ、まさか本気で言ってくれると思わなかったなぁ!」
「ひ、ひどいわぁ!」
 香稟はこの意地悪に涙目で叫んだ。顔をさらに真っ赤にして、恥ずかしさを手で覆い隠した。
「ハハハ、ほんのジョークだったんだ。ゴメンね、香稟ちゃん。」
 次の瞬間、拳太の襟元に衝撃が走った。
「いたたた!」
 ものすごい力で、拳太は首根っこをつままれた。
 彼の襟元にある力強い手、それは、怒り狂う表情をした潤太の右手であった。
「おまえ、いい加減にしろよ!これ以上、彼女に失礼なことしてみろ?このままじゃ済まさないからな!!」
 拳太もこの時ばかりは、兄の威厳に焦りを見せた。
「わ、悪かったよぉ!も、もうしないからさぁ...!」
『ゴツッ...!』
「いったぁぁ!」
 潤太は、空いていた左手を高々と挙げて、拳太の頭上に硬い岩石を落とした。
「いいか拳太!まだふざけるつもりなら、ここから追い出すぞ!」
「も、もう何にも言わないからさぁ、追い出すのだけは勘弁してくれぇ...!」
 いつもおとなしい潤太でも、一度スイッチが入ってしまうと、この上ないほど怒り狂うようだ。どうやら、弟の拳太はそのことを知っていたらしい。
 拳太は地面の中のミミズのように、小さく縮こまって反省していた。
「ゴメン。弟の失言はボクから謝るよ。本当に申し訳ない。」
 香稟の目の前で、潤太は床に頭を付けて謝罪した。
「い、いいよ、そこまでしなくても...。そんなに謝られると、どう返していいのか、わからなくなっちゃう。」
 香稟は両手を左右に振って、頭を下げる潤太にそう告げた。
 よほど恥ずかしかったのだろう、彼女の頬は未だに真っ赤だった。
「もうやめようよ。君が信楽由里だろうが、夢百合香稟だろうが、そんなことどうでもいいことだよ。今日はお礼に来てくれてありがとう。」
「......。」
 香稟は黙り込んでしまった。
 この居間に、再び険悪な沈黙が訪れた。
 潤太と香稟は、口を閉ざしたままうつむいている。
 拳太も、余計なことを言うまいと、口のチャックを閉めたままだ。
 そんな重苦しい雰囲気の中、沈黙を打ち破ったのは、あまりにも意外な音だった。
『グウゥゥゥゥ...』
 その音は、悲しいほど居間中に鳴り響いた。
「わっ!?」
 潤太は反射的に自分のお腹を押さえていた。
「...もしかして、お腹空いてる?」
 香稟はためらいがちに、顔を赤らめた潤太に問いかけた。
「はは。じ、実はさ、ボク達まだ夕食食べてなかったんだ。君が訪ねてきた時ちょうど、おかずをこしらえていたところだったから...。」
 彼女はふと、台所の方へと顔を向けた。
「潤太クンが料理するの?」
 潤太はブンブンと手を振って否定する。
「ま、まさか!ボクにそんな特技はないよ。今日はたまたま母さんがいなくてね、しょうがなくボクが作ることになっちゃったんだ。」
「ふーん、そうなの...。」
 香稟はいきなり立ち上がり、台所に向かって歩き出した。
「え!?ど、どうしたの?」
 彼女は笑顔で振り向く。
「あたしが料理を作ってあげる。この前のお礼を兼ねてね。」
「えぇ!?」
 潤太は思わず上擦った声を上げた。黙っていた拳太まで、ビックリ仰天な奇声を上げた。
「そ、そんな!そこまでしてもらうなんてできないよ!」
「あ、気にしないで。こう見えてもね、あたし結構料理得意なんだ。まずい料理は作らないから安心して。」
 拳太は感動のあまり、目をうるうるさせている。
「うれしいぃ...!あの香稟ちゃんの手料理が頂けるなんてぇ!!はぁ、オレは何て幸せ者なんだろぉ!」
 拳太は思いっきり顔を緩ませて、側にいた潤太にすがりついてきた。
「お兄たま〜!やっぱりあなたはボクの素敵なお兄たまです〜!」
「わ、やめろバカ!抱きつくんじゃないってーの!」
 和気あいあいと戯れる兄弟を見つめて、香稟の口元はうれしそうにほころんでいた。

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