小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第3話 〜 そこにある真実はひとつ(2)

『コポコポ...』
 お鍋に入ったお湯が、ゆらゆらと湯気を立ち上らせる。
『トントン、トントントン』
 包丁がまな板を叩く音が、おいしい料理を呼んでいる。
 唐草兄弟の母親のエプロンを身にまとい、アイドルの香稟は一生懸命にクッキングを続けている。
 唐草兄弟の兄である潤太は、散らかったテーブルや、辺り一面をきれいに掃除している。
 弟である拳太は、意欲的に彼女の料理を手伝っている。
 潤太は、普段まともに手伝わない拳太の姿を見て、呆れ顔で溜め息一つこぼしていた。
 しばらくすると、台所から居間の方へと、おいしそうなにおいが漂い始めた。それは、彼女の自慢の料理の完成を知らせていた。
「お待ちどうさま〜。出来たよ。」
「わぁ、うまそー!」
 拳太は、手渡された料理を見てうれしそうに叫んだ。
 そのおいしそうな料理は、居間にあるテーブルへと飾られていく。
 座って待機していた潤太も、その華やかな料理に見入っている。
「さぁ、拳太クンも座って。」
「はーい!」
 唐草兄弟は、豪勢なディナーを前にして、箸を抱えた両手で合掌した。
 二人とも相当お腹が空いていたらしく、まるで馬車馬のように、彼女の手料理を食いあさる。
「お味の方はどうかな?」
 その問いかけに、二人は声を揃えて答える。
「うまい!!」
「よかったぁ!作った甲斐があったわ。」
 わずか30分足らず、二人は一気に夕食を平らげてしまっていた。

 ◇
 外はすっかり暗くなり、静かな夜がやって来た。
 唐草家の玄関には、精一杯のお礼を済ませた香稟が、唐草兄弟に別れを告げていた。
「今日はありがとう。あんなおいしい料理ご馳走してくれて。おかげで助かったよ。」
「ううん。喜んでくれただけで、あたしもうれしかった。フフ、いいお礼ができたわ。」
 潤太は、彼女の帰りを玄関先まで見送る。
「じゃあ、あたし、帰るね...。」
「う、うん。さよなら...。」
 言葉では表現しないが、お互い、どうもこの別れを惜しんでいるようだ。二人はチラッと顔を見合わせて、軽い会釈を交わした。
 潤太の側から離れていく香稟。
 彼は、香稟の小さな背中を見つめている。
 そして、彼女の姿が闇の中に溶け込むその瞬間だった。
「潤太クン!」
 彼女はいきなり立ち止まり、潤太の方へと振り向いた。
「な、何!?」
「毎週日曜日、夜10時から、JPS放送のラジオで、夢百合香稟がパーソナリティーをしてる番組があるの。今週の日曜日、絶対にそれを聴いて。お願いよ!」
「わ、わかった、絶対に聴くよ!」
「日曜日の夜10時だからね。忘れないでね...!」
 彼女はそう言い残すと、足早にその場から走り去っていった。
 それだけ念を押されたことに、潤太は意味も理解できないまま、ただ消えゆく彼女を見送っていた。

 * ◇ *
 次の日、潤太の学校では、前日のドラマ撮影の話題で持ちきりだった。
 潤太は相変わらず、その話を他人事のように受け止めている。
 クラス内で賑わうそんな会話にも参加することなく、彼はただいつも通りの自然体を保っていた。
 ここぞとばかりに孤立する潤太に見兼ねてか、彼の友達である色沼と浜柄が、彼の元へと近寄ってきた。
「おーい、潤太。相変わらずだなぁ、おまえは。」
「おまえも少しぐらいさ、話題性のある会話に付いていこうとしなよ。」
 二人の励ましの言葉は、彼の耳の中を通り抜けても、心の奥までは届かなかったようだ。
「別にいいよ、そんなの。おまえ達の方こそ、いつまでもそんな下らないことに情熱燃やしてないで、現実を見つめ直した方がいいと思うよ。」
「コイツ、生意気言ってくれるじゃん。はっはっは!」
 潤太はこの機会を利用して、この二人に“夢百合香稟”について、それなりに聞いてみることにした。
「なぁ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「ん、何だよ?」
「あのさ、夢百合香稟のことに詳しいか?」
「お、どうしちゃったんだ?さては、おまえも昨日をきっかけに、彼女に惚れこんじまったのかな!?」
「あ、いや、そうじゃないんだけどさ。わーきゃー騒いでるぐらいだから、おまえ達がどこまで知ってんのかなぁって思ってさ。」
 色沼と浜柄の二人は自信満々に、これ見よがしに“夢百合香稟”を語り始める。
「本名は信楽由里。神奈川県藤沢市出身だ。藤沢の高校に通ってる時に、たまたま東京でスカウトされたんだ。今は、芸能活動に専念するために高校は辞めちゃったけどな。」
「ふ〜ん。」
「所属事務所は新羅プロダクション。あとね、身長は162センチだったかな。生年月日は、昭和58年9月14日のA型だよ。スリーサイズはね、残念ながら彼女、公にしてないんだなぁ、これが。ははは。」
「ふ〜ん。」
 潤太は心の中でつぶやく。
「彼女の言った通りだ...。で、でもそんなわけないよな。スーパーアイドルが、ボクの家にやって来て、おまけに手料理まで振る舞うなんて。やっぱりあの子は、ボクを引っかけようとしてるんだ。きっとそうに決まってる。」
「おい、どうかしたのか?」
 ハッと我に返った潤太。
「あ、いや、何でもないよ。それはそうと、彼女さ、日曜日の夜にラジオのパーソナリティーをやってるんだって?」
 潤太の意外な詳しさに、驚きを隠せない色沼と浜柄の二人。
「なーんだよ、おまえ詳しいじゃんか。まさか、彼女のこと調べてんじゃねぇのか!?」
「そうじゃないって!弟から聞いたんだよ。でさ、どんな番組か知ってるか?」
 そのラジオ番組について、二人は親切に説明する。
「えーとね、最初は歌がメインなんだけど、最後の方でね、最近の話題っていうコーナーをやってるんだ。そのコーナーが結構いいよ。たまに彼女のプライベートな話も聴けるしね。」
「そうか、どうもありがとう。」
 潤太はその時、自宅に来た彼女が信じられず、自分なりの答えを見つけることはできなかった。
 彼はその答えを見つけられないまま、時間だけが瞬く間に過ぎ去っていく...。

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