小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第2話 〜 ほどけなかった運命の糸(4)

 夕方過ぎ、ようやく撮影は終わりを告げた。
 テレビ局のスタッフや役者達が、教職員とお礼を兼ねたあいさつを交わす。
 主人公役の香稟も、学校の教頭先生らしき人物にあいさつをした。
「いやぁ、今日はご苦労さまでした。わたしの息子が、あなたの大ファンでしてね。いやははは。もしよかったら、サインなんかを頂けないでしょうかね?」
 香稟は快く了解した。しかし、ある条件付きで...。
「あの、その代わり、ひとつ教えて頂きたいことがあるんですけど。」


 テレビ局のスタッフは、次々と学校から出発していく。
 役者達も、移動用のロケバスへと乗り込む。しかし香稟だけは、社用車での移動だった。それを見る限り、彼女は他の役者達と違ってVIP待遇とも言えるだろう。
 彼女は、マネージャーの新羅今日子と共に、社用車へと乗り込んだ。
「香稟、今日はお疲れさま。初日とはいえ、よくがんばったわね。」
「ありがとう、今日子さん。でも、三回もNG出しちゃったし、ちょっと反省しなきゃ。」
「フフ、いい心掛けよ、それ。その意気で、明日からの撮影もがんばってね。」
「はい。」
 運転手がエンジンを掛ける。
 ゆっくりとアクセルが踏み込まれて、社用車は静かに発進した。
「ねぇ、今日子さん。ひとつだけ、あたしのワガママ聞いてくれませんか?」
「えっ!?」
 今日子は一瞬ドキッとした。また、逃げ出したいとか考えてるのでは!?と思ったのであろう。
「な、何?ワガママって...!?」
「実はですね。あたしが前に逃げ出した時に、お世話になった人がいるんです。」
「そ、それで、どうしろと?」

* ◇ *
「ただいまぁ〜。」
 潤太は一日の勉学を終えて、自宅へと辿り着いた。
「......。」
 家の中から返事がしない。しかし、居間の方に明かりが見える。それは誰かがいる証拠だ。
 潤太が恐る恐る居間のふすまを開けると、寝転がってマンガ本を読んでいる弟の拳太がいた。
「何だよ、いるんだったら返事ぐらいしろよ。泥棒かと思うだろ?」
「ヘン!話し掛けんなよ、バカ兄貴!」
 拳太は口を尖らせて、潤太に対してあまりにも素っ気ない。
 拳太はまだ、夢百合香稟に会うことを邪魔した兄貴に、ひどく嫉妬心を抱いていたようである。
「おまえなぁ、まだ朝のことで怒ってるのか?いい加減大人になれよ。」
「うるさい!オレはまだ子供だもんね!」
「開き直ってどーする!?」
 潤太は、ツンケンする弟を見ながら、いささか呆れた表情を浮かべていた。
「あああ〜!いいよなぁ兄貴はよぉ!香稟ちゃんをそのいかがわしい目で見たんだろぉ?」
「いかがわしい目じゃないけど、ちょっぴり見たよ。無理やり連れていかれてな。」
 拳太は読んでいたマンガ本を投げ出して、寝転がってジタバタと暴れ出した。
「くっそ〜!どうして味気ない兄貴なんかが見れてさぁ、味わいあるオレが見れないんだよぉ!この世の中、何かおかしいぞぉ!!」
「もう過ぎたことだろ?見れた見れないなんて、たいしたことじゃないよ。アイドルだって、ボク達と同じ人間なんだもん。見れたからって、全然うらやましく思えないさ。」
「そこが兄貴のマヌケなところなんだよ。相手は普通の女の子じゃないんだっ!今世紀最後のスーパーアイドルなんだぞ!私生活も、着る物も、食う物も、寝る場所も、すべてが別格なんだってばぁ!!」
「そんなものなのかな、アイドルって...?」
 潤太は、弟の力説にうなずくことができず、素朴な疑問を浮かべていた。
「あれ、そういえば。」
 母親がいないこの状況に気付いた潤太は、ふてくされる拳太に確認する。
「なぁ、母さんは出掛けてんのか?もうすぐ夕食の時間じゃないか。」
「今日は父さんとデートだってさ。だからオレ達はオレ達で食えって。テーブルの上にメモが乗ってるよ。」
 テーブルの上にあるメモ紙に目を通した潤太。
「...今日は二人の結婚記念日だったんだな。おまえ知ってた?」
「ぜーんぜん!」
 この息子たちにしてみたら、両親の結婚記念日など、ごく普通の一日に過ぎないのだろう。
 潤太はメモに書いてある通りに、冷蔵庫の中を調べてみる。
「あれ!な、何にもないじゃないか!」
「ええ!?そんなわけないじゃんか!」
 拳太はすぐさま立ち上がり、潤太の側へと駆け寄った。
「何だぁ!?しょ、食材そのまんましか入ってないじゃん!」
「もしかして母さん、これを使って、ボク達に作れと...?」
「ジョ〜ダンじゃないぜ、おい!オレに料理なんか作れるわけないよ!兄貴が作ってよ!」
 潤太は慌てふためき、自分自身に人差し指を突き立てる。
「えぇ!?ボ、ボクが作るのかぁ?」
「だって、兄貴はよく母さんの手伝いしてるじゃないか!」
「手伝いったって、大根とか人参の皮むきぐらいで、まともに料理やったことなんて、ボクだってないんだぞ。」
 唐草兄弟はひたすら口論を続けたが、最終的には、年長者の兄である潤太が見よう見まねで料理することになった。
「言っておくけど、拳太。出来が悪くても文句言えないからな。」
「わかってるよ、そんなこと。それより、何でもいいから早く作ってよ。」
 潤太は似合わないエプロン姿で、まな板に並べた豚肉に包丁を入れ始めた。
『キンコーン...』
「おい、お客さんが来たぞ。拳太、出てくれよ。」
「へ〜い。」
 拳太は、渋々と玄関の方へと歩いていった。
 接客を拳太に任せた潤太は、そのまま料理を続ける。
「う〜ん。豚肉切ったのはいいけど、これどういう料理にするかなぁ...。」
 何を作るか決めずに料理を始めた潤太。
 そんな彼が、いろいろな料理を頭に浮かべていたその時だった。
「わぁ、わぁあぁあぁ、わぁあぁあぁ、わぁあぁあぁぁ!!」
 突然、拳太の意味不明な絶叫が家中にこだました。
「な、何だぁ!?」
 潤太は包丁を投げ出して、勢いよく居間から玄関へと駆け出していった。
 玄関には、倒れ込んで身震いしている拳太がいた。
「お、おい拳太!ど、どうしたんだ、おまえ!?」
 拳太の右手の人差し指は、玄関先に立っている女性に向けられていた。
 その来訪した女性に、そっと目を向ける潤太。
「えっ!!」
「お久しぶり、潤太クン!」
「き、君は、信楽由里...サン!?」
「あの時のお礼に来たの。」
 拳太は、その理解不能な二人の会話に、すごい形相で割り込んでくる。
「な、何わけわかんないこと言ってんだよ、兄貴ぃ!こ、この人はなぁ、あ、あの、ゆ、ゆゆ、夢百合香稟ちゃんだよぉ!!」
「へっ!?」
 とある日曜日に偶然に知り合った二人は、またこうして偶然に再会した。
 潤太は、いきなり来訪した彼女を呆然と見つめていた。
 目の前にいる女性は、いったい何者なんだ!?彼の頭の中で、その疑問だけがグルグル回り続けるのであった。

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