小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第4話 〜 彼女のはかない想い(1)

 とある日の夜、ここは唐草潤太の自宅である。
 この夜は一家勢揃いで、和やかな夕食の時間が繰り広げられていた。
 居間にあるテレビからは、ある青春学園ドラマが流れている。
 そのドラマは、あの潤太の学校で撮影が行われた、あのラブコメドラマであった。
 テレビのブラウン管から映し出された映像には、あの可憐にも愛らしいアイドル、夢百合香稟の姿が映っていた。
 潤太と弟の拳太は、そのドラマを食い入るように視聴していた。
 その執着心と言ったら、テーブルに並べられた夕食が、すっかり冷め切ってしまうほどであった。
「こら、あなた達!テレビばかり見てないで、ごはん早く食べてちょうだい!」
 さすがに二人の母親は、その様に苛立たしさを感じていたようだ。
「わかってるよぉ。でも今、ちょうどいいところなんだよ。」
 今の拳太にしたら、母親の文句などお構いなしといったところか。
「いいところって、ただの女の子が映ってるだけじゃない。」
「それがいいところだって言ってんの。あの香稟ちゃんが映ってんだよ。見逃すわけにはいかないよ!」
 母親は不思議そうな顔をしている。
 拳太の横に座る潤太は、そんな拳太と母親のやり取りにクスクスと微笑んでいた。
「あ、わかったわ。」
 母親は何かに気付いたように、ポンと手を叩いて拳太に問いかける。
「この女の子が、これから誰かに殺されちゃうんでしょ?」
「ブッ!」
 母親の突発的に出た一言に、兄弟二人は口に入れた食べ物を吹き出してしまった。
「そんなわけないだろぉ?これはそういうドラマじゃないんだよ!」
「あら、そうなの?」
「まったく。母さんがいつも見てるサスペンスものじゃないんだよ、これは。黙って見ててよ、もう。」
 拳太はすっかり呆れ顔である。
「あら、つまんないわね。母さん、てっきり誰が殺されるんだろうって、ワクワクしながら見てたのに。残念ねぇ。」
「そ、そんなのにワクワクしないでよ、母さん!」
 潤太は思わず、ガッカリする母親にそう突っ込まずにはいられなかった。
「せっかく犯人まで予想してたのに...。」
 殺人が起こっていないドラマを見ながら、犯人というものを予想する母親も、ちょっと変わった人なのかも知れない。
 潤太は、拳太同様にテレビに映る女子高生を眺めていた。
 しいて言うなら、女子高生役を務める夢百合香稟の姿を見つめていたようだ。
 その彼が、信楽由里イコール夢百合香稟と知ったあの夜、彼女宛に手紙を書いたあの夜以来、彼女からの返事は今日までなかった。
 新宿の街中で偶然出会った彼女。お礼とばかりに、手料理をご馳走してくれた彼女。
 潤太はいろいろな想いを胸に、彼女の生き生きとした演技を見つめ続けていた。

* ◇ *
 ある晴れた日曜日。
 潤太はその日、早々と目覚めて、やりかけの絵を完成させようと、出掛ける準備を整えていた。
「さてと...。それじゃあ、出掛けるか。」
 彼はいつものスケッチブックを抱えて、すがすがしく自室を出ていく。
「潤太!電話よぉ。」
 一階から響きわたる、彼の母親の大きな呼び声。
 彼は駆け足で階段を降りていく。
 電話の側で待っていた母親が、駆けつけた彼に受話器を差し出す。
「あんたも角に置けないわねぇ。クスクス。このこのぉ。」
 にやけ顔の母親は、彼のお腹目掛けて肘鉄を喰らわした。
「な、何だよ!?」
 何が何だかわかならい潤太は、手渡された受話器を耳にあてがう。
「もしもし...?」
 受話器の先から聞こえた声は、彼にとっては懐かしく、待ちわびていたものだった。
「香稟です。お久しぶり、元気だった?」
 その弾んだ声は、いつもテレビを通して聞いている、アイドルの美声そのものだった。
「か、香稟ちゃん!?ど、どど、どうしたの?」
 いきなりの電話に、彼の動揺ぶりは半端ではない。
「あのね、あたし今日、久しぶりのオフなの。潤太クン、今日ってヒマかしら?」
 彼はつい、誰にも見えやしないのに、スケッチブックを後ろへ隠す仕草をしながら、上擦った声で返答する。
「だ、だだ、大丈夫だよ。今日はまったく、全然、予定入ってないんだ。」
 彼はあっという間に、本日の予定を抹消していた。
「もしよかったら。あたしに絵を教えてくれないかな?」
「“え”って、絵画のこと?」
「もう、当たり前でしょ!他にどういう“え”があるっていうのぉ?」
「そういわれてみれば、そうだね。ははは。」
 二人は、すっかりお友達のような会話で盛り上がる。まぁこの二人はもう、まったくの他人同士とは言えないのも事実ではあるが...。
「そうと決まったら、これから待ち合わせしましょ。新宿駅西口の待合い室でいいかな?あなたもスケッチブックを持ってきて。」
「わ、わかった。これからすぐ行くよ。じゃあ!」
 彼は喜びを噛みしめながら、ゆっくりと受話器を置いた。
 彼の心臓の鼓動は、張り裂けんばかりに高鳴っている。
 そんな彼の後ろには、相手の正体が気になっていた母親がたたずんでいた。
「ねぇ潤太、相手の女の子はだーれぇ?」
 にやにやしながら問いかける母親。
「い、い、いや、その。と、友達だよ。そう、学校の友達なんだ。」
「あら?あんた同じ学校に、女の子の友達なんていたかしら?」
「い、いるよ!一人や二人ぐらい...。」
 彼はうまくごまかそうと躍起になっている。本当のところ、母親の言う通り、彼は同じ学校に、女の子の友達などいなかったのだ。
「と、とにかく、ボク出掛けるからさ。行ってきまーす!」
 彼は、母親の冷やかしを背中に受けながら、待ち合わせ場所の新宿駅へと向かうのだった。

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