小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第4話 〜 彼女のはかない想い(2)

 日曜日の新宿は、さすがに様々な人々でごった返していた。
 満員電車の中から、潤太は押し出されるように、新宿駅のプラットホームへと降り立った。
 彼は早足に、待ち合わせ場所の西口待合室へと向かう。
 行き交う人々とすれ違いながら、彼は待合室へと駆けつけた。
「まだ来てないのかな?」
 彼はグルグルと辺りを見渡したが、彼女らしき人物を捕らえることはできない。
 ここまで急いで来たせいか、彼の額には汗がにじんでいた。
 彼が、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭っていると、背中の真ん中を誰かにツンとつつかれた。
 彼がおもむろに振り返ると、そこには、茶色い帽子をかぶり、黒いフレームの眼鏡を掛けた、シックな色合いの衣装をまとった女の子が立っていた。
「おす、遅かったじゃない。」
「え、も、もしかして香稟ちゃん?」
「ピンポーン、正解!どう、なかなかの変装でしょ?」
 彼女は、周りの人達に気付かれないような小声で話している。
「お、驚いたよ。髪型も違う気がするけど?」
「へへへ。実はね、演技用のかつらをかぶってきたのでーす。」
「ど、どうりで。」
 彼女は、大きめな手提げ袋からスケッチブックを取り出す。
「ほら見て。この機に買ったんだよ。」
「あ!結構高いヤツ買ったんだね。ボクのよりグレードがいいヤツだよ、それ。」
「へぇ〜。さすがに、そういうところにも詳しいんだね。」
「ま、まぁね...。」
 感心している香稟を前に、頭をかきながら照れている潤太。
「それじゃあ、行こうか!」
「う、うん。」
 彼女は、潤太の腕を掴んで引っ張るように走り出す。
 まるで、出会ったあの時のように、潤太をリードする香稟。彼女の目指す方向は、山手線乗り場であった。
「ま、待って。香稟ちゃん、ど、どこに行く気なの!?」
「横浜だよ!」
「よっ、横浜!?横浜って、“ヨコハマたそがれ”のあの横浜?」
「うん!たそがれようが、たそがれまいが、今日行くところは横浜なの!」
 香稟はニコニコ顔で、潤太の背中を押しながら、品川方面へ向かう山手線の電車へと乗り込んだ。
 二人は隣り合って、空いている座席へと腰掛ける。
「で、でもどうして横浜に?どこか行きたいところでも?」
「八景島!」
「え、ハッケイジマっていったら...。八景島シーパラダイス?」
「そう!あたしね、まだ行ったことなかったんだぁ。それに、八景島は景色もすっごくきれいって言うから、そこで絵を描くのもいいかなぁって思ったの。」
 胸躍らせる二人を乗せて、電車は一路品川駅へと走行していった。


 二人は、品川駅から京浜急行線へと乗り換えて、金沢八景駅へと辿り着く。そこからシーサイドラインを5分少々進んだ先に、八景島シーパラダイスは存在した。
「わぁ、いいところだわ。うんうん!やっぱり海が近いっていいわね。」
「ホントに島の上なんだね、ここって。ボク今まで、八景島ってただの地名だと思ってたよ。」
 入場券を購入した二人は、ワイワイと賑わう園内へと入っていく。
「それじゃあ、まずはねぇー。アクアミュージアムへレッツゴォ!」
「あれ、絵を描きに来たんじゃないの!?」
「その前に、まずは視察を兼ねて思いっきり遊ばなきゃ!せっかくここまで来たんだもん。」
「そ、そりゃそうだけど...。」
 どうも潤太は、こういったアミューズメント施設に馴染めない様子だった。
 そんな彼などお構いなしに、ウキウキ気分の香稟は、及び腰な彼を引き連れて、アクアミュージアムへと駆け出していった。


 二人の訪れたアクアミュージアムは、いわば大規模な水族館といったところだ。
 大きな水槽を優雅に泳ぐ海の生き物達、人気者のラッコやイルカといった動物達が、二人の来訪をあどけない顔で出迎えていた。
「見て見て!スタジアムでショーがあるみたいよ。行ってみましょう?」
「そうだね。」
 二人がアクアスタジアムを訪れると、ものすごい人の数が辺りを埋め尽くしていた。
 混み合うスタジアムをかき分けながら、二人はショーの見える位置まで足を運ぶ。
「あ、ここにしましょう。」
 二人は、空いていた二人掛けのベンチへと腰掛けた。
 スタジアム中央から、ショーに参加するであろう飼育係の人が姿を見せ始めた。
 ショーの主役となるイルカやアシカ達が、大きな水槽の中で気持ちよさそうに遊泳している。
 マイクを握った飼育係の一声で、海の生き物達の華麗なるショーの幕が上がった。
 スタジアム内は、割れんばかりの大きな声援に包まれる。
 まず始めに、ビーチボールと戯れるアシカが姿を見せて、お茶らけた芸を披露している。
「おお、うまいもんだね、あのオットセイ。」
「やだ潤太クン!あれアシカよ。」
「え?そ、そうなの!?ボク、アシカとオットセイの区別、わかんないんだよね...。ははは。」
「似てなくもないもんね。フフフ。」
 二人は和やかな雰囲気の中、アシカの楽しいショーを見学していた。
 それに続くのは、このショーの華であるイルカのショーである。
「あ、いよいよイルカさんだよ。」
「へぇ、どんなことするんだろう!?」
 ワクワクしながら、今か今かと水槽を見つめる二人。
 飼育係の指示の元、イルカ達は水しぶきを上げながら天高く舞い上がったり、台座に体を乗せては甲高い声を発して、観客席の歓声を我がものにしていた。
 ファンサービス旺盛なイルカ達は、観客の期待に応えるように、すばらしいパフォーマンスを披露していた。
 その様に、観客席からとてつもない拍手が巻き起こる。無論、香稟と潤太もその仲間であった。
「キャー、すっごーい!」
「うわぁ、イルカって器用なんだね!」
 楽しいショーも終わり、二人はかわいい海の動物達に見送られながら、水族館内へと戻っていく。
「あ、こっちにペンギンがいるみたい!潤太クン、ほら行くよ!」
「わ、ちょ、ちょっと、香稟ちゃん...!」
 香稟もこの時ばかりは、忙しい仕事も忘れてひらすら楽しんでいた。
 潤太もそれを気遣ってか、彼女の言うがままに行動を共にしていた。
 大きな敷地の中に、砦のような建造物が立ち並ぶ場所、そこはコウテイペンギンの住処である。
 二人は、よちよち歩くコウテイペンギンを眺めている。
「かわいいね、ペンギン。」
「あ、エサ与えてるよ、ほら、あそこ。」
「え、どこどこ?あ、ホントだぁ。」
 コウテイペンギンの憩いのプールに、無数の魚が投げ込まれると、コウテイペンギンの群れは一斉にそのプールへと飛び込んでいく。
「すごい勢いだね。あのペンギンがあんなに早く走るなんて。」
「ははは。やっぱりお腹が空くと、人間もペンギンも変わんないね。ボクと一緒だ。」
「え!?潤太クン、ごはん食べる時、あんなにがめついの?」
「君も見ただろ?ほら、君が夕食ご馳走してくれた時。」
「あ、思い出したぁ!そういえばそうだったね。あははは。」
「そ、そんなに笑わないでよ。ひどいなぁ...。」
 二人はそんな雑談をしながらも、アクアミュージアムを思いっきり堪能していた。お互いが、今日という日を大切な思い出にするかのように。

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