小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第4話 〜 彼女のはかない想い(4)

 二人は電車を乗り継いで、夕暮れ染まる代々木公園へと足を運んでいた。
 香稟のスケッチブックは、この時間まで真っ白なままであった。
 潤太が、そのことについて彼女に触れてみると、いい風景が見つからないと、彼女は微笑みながらごまかしていた。
 そして二人は、お互いにとって思い出の風景に辿り着く。
「ここね。あたしにくれたあの風景画。」
「え?よくわかったね。」
「当然でしょ。だってあの絵の風景、あたしも一緒に見てたんだもん。」
「ははは、そりゃそうか。」
 二人は、その風景画を一望できるベンチへと腰掛けた。
「あれから数週間が経ったんだね。まるで昨日のことみたい...。」
「今思うと不思議だよ。どうしてボクと君があんな形で出会ったんだろうってね。」
「それって、運命だとか言いたいの?」
「運命かぁ...。そうだとしたら、おもしろい運命だね。」
 香稟は、手提げカバンからスケッチブックを取り出す。
「あ、ここの風景描くの?」
「うん。練習兼ねがね。あたしの方から誘っておいて、何も描かないんじゃ、裏切り行為だし。」
「それは言えてる。」
 彼女は鉛筆を手に持ち、潤太の指導を受けながら、一筆一筆白いキャンパスに線を入れていく。
 さすがに素人のキャンパスには、思い通りの風景はなかなか写ってはくれないようである。
「う〜。どうもイメージ通りにならないなぁ...。」
「最初はみんなそうだよ。最初から上手に描ける人なんていないさ。少しずつ慣れていけば、きっとうまくなると思うよ。」
「ん〜、複雑ぅ〜。すぐ上手になりたーいぃ!」
 こういう時ばかり、子供っぽくダダッ子ぶる香稟。
 そんな彼女さえも、潤太の目にはかわいらしく見えていたようだ。
 微笑ましい一時を過ごしていたその刹那、二人の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれぇ!?おい、潤太じゃないか!」
『ドキッ...!』
 彼はビクッと、瞬時に体を震わせた。
 その声の方向へ振り向くと、なんとそこには、彼の友達代表といっても過言ではない、色沼と浜柄のコンビがゆっくり近づいていた。
「や、やや、やばい...!」
 彼は心の中でそう叫んだ。
「おいおい、潤太、何してる...。あら?そこの女の子は...!」
 やはり邪魔者二人は、彼の横にいる香稟の存在に気付いたようだ。
「あ!あ、いや、この子はその...!」
 気の焦りから、口がおぼつかない潤太。
「あれ?その子、夢百合香稟にちょっと似てないか!?」
「おお、ホントだ!髪型は違うけど、そっくりさんじゃないかっ!」
 邪魔者二人は、夢百合香稟の話題で盛り上がり始めた。
 その二人の言動に、潤太はこれまで以上にしどろもどろになってしまった。
「あ、あのあたしは、夢野香といいます。」
「え!?」
 あたふたする潤太に見兼ねてか、香稟はその場に立ち上がって自己紹介した。
 しかも、彼女の口から出てきた名前は、聞き覚えのない名前であった。彼女の名乗った“夢野香”とはいったい...!?
「あたしと潤太クンは、お互い絵を描くお友達なんです。あの、あなた達も潤太クンのお友達ですか?」
「はいはい、オレは色沼っていいます!あ、ちなみにコイツは浜柄っていいます!」
 潤太は唖然として、その場のやり取りを眺めていた。
「おい潤太!ちょっとこっちに来い!」
「わ、わぁ!?」
 潤太は、色沼にいきなり腕を掴まれて、彼女から少し離れたところへ連れ出された。
「な、何だよぉ!?」
「おい、おまえ、いつの間にあんなカワイイ子と知り合ったんだ!?しかも彼女、香稟ちゃんにそっくりじゃないかっ!」
「そうだそうだ!おまえばっかりズルイじゃねぇかっ!」
 二人は理不尽な理由で、潤太を頭ごなしに怒鳴りつける。
 それもそうだろう。なんたって彼女が、あのスーパーアイドルに瓜二つときたら、この二人もたまったもんじゃないといったところだ。
「ちょうどこの前の日曜日にさ、たまたまここで絵を描いてたら、彼女と偶然出会ったんだよ。そこで、いろいろ絵の話してたら、仲良くなってさ。」
 ごまかそうとする潤太に、二人は冷ややかな視線を送っている。
「ほう、それはまた偶然だなぁ。ケッ、運がいいことで!」
「おまえ、何でそういうことを、このオレ達に報告しなかったんだよ?幸せ独り占めってヤツか、おい!?」
「そ、そうじゃないって!か、彼女はただの友達だしさ。それに、どうしておまえ達に報告する必要があるんだよっ!」
 色沼と浜柄の二人は、潤太の困り顔までグッと接近した。
「おいおい、そういう言い方すんなよぉ。オレ達昔からの友達じゃないか?」
「そうそう、そういう言い方はよくない。オレ達は友情で結ばれてんだぞ?」
 潤太はしかめっ面で口を尖らせる。
「何言ってんだよ。こういう時ばっかり、そんなこと言ってさぁ。正直に話したんだからさ、もう放っておいてくれよ。」
 二人はにやけた顔を見合わせる。
「まぁ、いいよ今日は。オレ達もこれから行くとこあるしさ。」
「コレに関しては、明日にでも、じーっくり伺うとするかぁ!」
「か、勘弁してよぉ...。」
 邪魔者二人は、ベンチに一人座る彼女に愛想を振りまいて、この場を離れていった。
 疲れ切った顔で、彼女の元へと戻ってきた潤太。
「何話してたの?」
「大したことじゃないよ。ただ、君が誰なんだとか、どこで知り合ったんだとか、そういったつまらない話だよ。」
「なるほどね...。つまり、あの人達はあたし達を見て、恋人同士かと思ったのかな?」
 予想もしない香稟の言葉に、潤太は思わず顔を赤らめた。
「え!?ど、どど、どうなのかなぁ。よくわかんないなぁ。」
 慌てている潤太に、香稟は真剣な眼差しを向けている。
「ねぇ、あたし達って、他の人達にどう見えるのかな?友達同士...?それとも兄妹...?それとも...?」
 目の前にいるアイドルの思わせぶりな態度に、潤太の視線は空へと逃げていく。
「そ、そうだなぁ...。ど、どど、どうなんだろうね!?あは、あはは...!」
 香稟は立ち上がると、夕焼け空を見つめる潤太の側へと歩み寄る。
 彼女の小さい肩が、潤太の腕にそっと触れる。
 潤太は、心臓の音をバクバクさせている。その音はあまりに大きく、彼女の肩まで伝わるほどだ。
 香稟は黙ったまま、横にいる彼に熱い視線を送っている。
 そのつぶらな瞳を直視できない潤太は、とてつもない緊張感に言葉を失っていた。
「潤太クン...。」
 香稟のやさしい呼びかけに、彼の体は硬直した。
「は、はいぃ!!」
 彼女の方へ、赤ら顔を向ける潤太。
「......。」
「......。」
 わずかな沈黙...。
 その時の二人の視線は、お互いの気持ちを探り合っているようだった。
 次の瞬間、彼女の艶っぽい唇がかすかに動く。
「もう、帰ろっか?」
「えっ!?」
 香稟はニコッと、かわいい笑顔を見せる。
「あ、ああ、そ、そそ、そうだね...。」
 どうやら潤太の気持ちは、彼女からの熱いラブコールを期待していたらしいが、残念ながら現実はそう甘くはなかった。
「そうだよな...。彼女は超一流のアイドルだもんな。所詮、ボクなんか手の届く人じゃないし...。」
 彼は自分の気持ちをそう納得させていた。と言うよりは、そう言い聞かせていたのかも知れない。
 彼女はクルッと振り向き、ゆっくりと帰り道へと進んでいく。
 潤太は、想う気持ちを胸に秘めて、そんな彼女の後ろ姿を追っていった。


「今日は楽しかった。付き合ってくれてありがとう。」
「ボクの方こそ、誘ってくれてうれしかったよ。」
 潤太と香稟の二人は、この日の別れの舞台である新宿駅にいた。
 駅構内は相変わらず、押し寄せる波のごとく、人々の群れで溢れている。
「それじゃあ...。」
「うん...。」
 二人は片言な別れのあいさつを交わした。
 香稟は改札口へと足を向ける。それを無言で見つめる潤太。
 その直後、慌ただしかった駅構内に、ほんの一瞬だけ静けさが訪れた。
 彼女はおもむろに振り向いた。
「潤太クン!また...。また、あたしに絵を教えてね!」
 その声は、駅構内に高々に反響する。
「うん、いいよ!またいつでも電話してよ!」
 数メートル離れた二人は、反響する声でキャッチボールした。
 さすがは新宿駅。この静けさは、流れゆく人々によって、あっという間に壊されていく。
「うん、また電話する!また一緒に付き合って...!今度は、友達としてじゃなく...。」
 香稟の言葉は途中で途切れた。
 潤太の耳には、彼女の言葉が最後まで届かなかった。
「え?な、何!?」
 潤太の問いかける声は、もう彼女の元には伝わらなかったようだ。
 溢れんばかりの人の群れに、彼女は巻き込まれるように姿を消していた。
 辺りの人々は、立ちつくす潤太の横を通り過ぎる。
 彼の頭の中を、香稟が残した最後の言葉が繰り返し巡っている。
「友達としてじゃなく...。」
 その先に続く言葉は何だったのだろうか?彼女は、潤太に何を伝えようとしたのか?
 潤太はその答えを導けないまま、スケッチブックを強く抱きかかえ、中央線乗り場へと足を運んでいった。

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