小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第5話 〜 知られざる過去と秘密(1)

 芸能事務所「レンショウ・カンパニー」。歌手やタレント、それにお笑い芸人までもが所属する、一流芸能プロダクションである。
 ある日、この事務所の社長室には、所属する一人の男性タレントと、事務所の社長の姿があった。
 社長は、某テレビ局からある二時間番組の出演依頼を受けたようで、テレビ局側が名指しで指名した、その男性タレントと詳細内容を打ち合わせていた。
 その二時間番組とは、ある有名な作家が書いた、ミステリー小説をドラマ化したものらしい。
 そして、その男性タレントが演じる役は、主人公である高校生と共に活躍するちょっとキザな探偵役、ということだった。
「というわけだ、琢巳。おまえにとって悪い話ではないだろう?」
「めんどくさいな。オレにミステリー役を頼むなんて、そのテレビ局は何考えてんのかねぇ。」
 その男性タレントは、少々呆れた顔で答えた。
 彼は、この事務所の看板タレントである連章琢巳。将来有望の26歳。その名の通り、彼はこの事務所社長の息子である。
「まぁ、そう言うな。おまえもバラエティーばかりじゃ、長くは続かないぞ。ここは、おまえの違ったイメージを見せつけるチャンスだと思うが?」
「確かにね。父さんの言うことも、わからなくもない。だけどさ、何かこう、オレにとってやる気のでるきっかけってヤツが欲しいんだよね。」
「きっかけ?おいおい、仕事はあくまでも仕事だぞ?そんなわがまま言うんじゃない。」
「ふぅ...。」
 連章琢巳は溜め息一つこぼした。
「ねぇ、父さん。それより、そのドラマの相手役って誰なんだい?」
 社長は、テレビ局から渡された封書から資料を取り出して、一枚一枚目を通し始めた。
「お、これだな。ああ、新羅プロの...。」
「え?新羅プロって言ったら、あのビンボー事務所の新羅プロダクションかい?誰だよ、いったい?」
「夢百合香稟だよ。おまえも知ってるだろ?あのスーパーアイドルの。」
「ああ、知ってるよ。彼女を知らないヤツなんて、この業界にそうそういるもんじゃないからね。」
 連章琢巳はニヤっと、不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ〜、彼女が相手役ねぇ...。」
 彼は少し間を置いて、目の前の社長に了解の意思を示す。
「父さん、オレこの話乗るよ。」
「ん?さては、おまえ、夢百合香稟が相手だからか?おいおい、あまり過激な行動はするなよ。彼女は人気絶頂の売れっ子アイドルなんだからな。」
「心配すんなよ。何も取って食おうなんて考えちゃいないんだからさ。かる〜く、つば付けとくだけだって。」
「まったく...。おまえというヤツは、本当に凝りん男だな。」
 ここにいる連章琢巳には、以前より悪い噂ばかりがこの芸能界に流れている。
 女性関係のゴシップが中心で、恋人発覚のスクープが報道されたかと思えば、その数ヶ月後には、また違う女性との噂が報道されてしまう、といった具合なのだ。
 確かに、二枚目タレントとして人気を博している彼だけに、女性にもてるのは間違いないが、本人もかなり女好きのようで、こういった噂が報道されるのもうなずける話なのである。
 連章琢巳は、打ち合わせを終えて社長室を出ていく。
 彼はドラマの資料を眺めながら、にやけた笑みをこぼした。
「夢百合香稟か...。へへ、これはおもしろくなってきたな。」

* ◇ *
 ある晴れた日曜日の夕刻、ここは唐草潤太の自宅である。
 今日は驚くことに、スーパーアイドル夢百合香稟が、彼の家へと来訪していた。
 潤太と香稟の二人は時折、電話で会話したりして親睦を深めていた。
 彼女のオフの日には、二人でどこかへ出掛けたり、風景画を描きに行ったりと、もうすっかり友達以上、恋人未満な付き合いをしていた。
 今日はまさにその延長線であって、彼女は唐草家の夕食に招待されていたのである。
 予想もしなかった潤太のガールフレンドに、彼の母親が腕によりをかけて料理をこしらえている間、香稟の強い要望により、潤太は彼女を自室へと招き入れることになった。
「き、汚い部屋だけど、どうぞ。」
「ゴメンね、無理言って。ただね、潤太クンの部屋が見てみたかっただけなの。」
 香稟は、潤太の許しを得て、彼の部屋へと足を踏み入れる。
「わぁ...。」
 彼女は部屋一面を見回した。
 潤太の部屋の壁には、彼自作の風景画がいくつも飾ってある。
 キチンとした額縁で保管されているもの、スケッチブックから抜き取っただけのもの、そのすべてが、彼の展覧会のごとく華やかに飾られていた。
「はは、潤太クンの部屋って感じだね。」
「ああ、この絵を見て言ってるの?」
「あれ?あの額縁の絵、何かリボンが付いてるけど...。」
 香稟は、豪華な額縁で飾られた風景画の近くに歩み寄った。
 その額縁の側にある赤と白二色のリボンには、“第37回中学生風景画コンテスト佳作”と記されていた。
 彼女はびっくりした顔で、潤太の方へと向き返った。
「これ、賞取ったの!?すご〜い。」
「そんなにすごいってほどのもんじゃないよ。小さい規模のコンテストだしさ。何とか佳作に食い込んだってとこかな。」
「でも、賞は賞よ!すごいことだよ。」
 褒めちぎる香稟を前に、彼は照れる一方であった。
「ふーん...。」
 彼女はもう一度、潤太の部屋を見回した。
「でも...。あたしが予想した、同世代の男の子の部屋と違ってるな、ここ。」
「え、予想って、どういうの予想してたのさ?」
「もっとね、何て言うのかな。男臭いというか、むさ苦しいというかぁ...。」
「なるほど。ボクの部屋には、確かにそういう雰囲気はないかもね。」
 彼女はおもむろに、潤太のベッドの方へと歩み寄り、その場にしゃがみ込んだと思いきや、いきなりベッドの周囲を物色し始めた。
「か、香稟ちゃん!な、なな、何してんの!?」
 香稟の不可解な行動に、彼はびっくりして大声で叫んだ。
 彼女はニッコリ顔で振り向く。
「探してるのよ、ほら、ア・レ!」
「ア・レ...?」
 思わせぶりな言葉に、潤太の頭に疑問符が浮かぶ。
「ほら、男の子ってみんな、枕元とかにエッチな本とか隠すじゃない?だからぁ、潤太クンもそうじゃないかなぁってね!」
「い!?な、なな、何言ってんのさ!?そ、そんなもの、そこにはないよ!」
 目を細めて、クスクスと微笑む香稟。
「えぇ〜?ホントかなぁ...。でも、探してみればわかるもんね。」
 彼女はまさぐるように、ベッドの中を調査し始めた。
「わ、わ、や、やめろってぇ!」
 潤太は慌てて、彼女を止めようとした。
「わわっ!?」
 彼は焦っていたばかりに、床に敷いてあったカーペットの淵に足を引っかけてしまい、勢いよくベッドの上へと倒れ込んだ。
「キャッ!?」
 彼の体は、ベッドにいた香稟に覆い被さってしまったのだ。
「...あっ!」
 ベッドの上には、向き合ったままの潤太と香稟がいる。
「......。」
「......。」
 二人は見つめ合ったまま押し黙っている。
 お互いの瞳に、お互いの恥らう顔が映っている。
 部屋にある壁掛け時計が、静かな音で秒針を刻み、窓の外からは、子供達の笑い声がこだまする。
 そんな音や声は、今の二人には届かない。
 二人だけの世界が続く中、香稟のうつろな瞳がそっと閉ざされていく...。
『ゴク...』
 大きな息を飲み込む潤太。
 彼は止めようのない衝動に、その身をゆだねていく...。
『コンコン!!』
 突然、潤太の部屋のドアがノックされた。
 二人はハッと我に返るように、ベッドから逃げるように離れた。
「おい、兄貴ぃ!ごはんできたってさぁ!」
 ドアの先から聞こえた声は、彼の弟である拳太のものだった。どうやら彼は、夕食の支度が整ったことを知らせにきたようだ。
『カチャ!』
 拳太は勢いよくドアを開けた。
「おい兄貴、ごはんだって。」
「わ、わかったよ、すぐ行くから...。」
 拳太は、潤太のことなど目もくれず、赤ら顔の香稟に愛想のいい笑顔を振りまく。
「香稟ちゃん、早く行こ!ほらほら!」
「あ、ちょ、ちょっと待って、拳太クン...!」
 拳太は無理やり、彼女の細い手を引っ張っていった。
 潤太は苦笑しながら、急ぎ足の二人の後に付いていった。

-17-
Copyright ©masa-KY All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える