小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

第5話 〜 知られざる過去と秘密(2)

 本日の唐草家の夕食は、いつも以上に豪勢なものであった。
 メインディッシュの牛肉ソテー、サイドメニューのコンソメスープにフレンチサラダ、そのすべてが、この家でめったに見ることのない料理ばかりだ。
「さぁさぁ、どうぞ召し上がって。」
 潤太と拳太の母親が、香稟に向かって暖かい声を掛けた。
「どうも今日はありがとうございます。」
 彼女は丁寧な姿勢で、彼らの両親に一礼した。
 彼らの父親は三日月のような目をして、うれしそうに大きく笑う。
「いやぁ、まさか潤太がこんなかわいいギャルを連れてくるなんてな、ホントにビックリだよ。ワッハッハッハ!」
「いやぁねぇ、お父さん!ギャグだなんて。彼女はお笑い芸人じゃないのよ。」
「おいおい、母さん、ギャグじゃなくてギャル。オレが言ってるのはギャルだよ。」
 間の抜けた会話で盛り上がる夫婦。
「そ、そんなのどうでもいいよ。早くいただきますしよう。」
 潤太の仕切りにより、全員が合掌し、ようやく夕食タイムとなった。
「どれも、とってもおいしいです。」
「まぁ、どうもありがとう。」
 どうやら母親の作った料理は、香稟の口にピッタリだったようだ。
「あ、香稟ちゃんだぁ!」
 突然、テレビを見ていた拳太が叫んだ。
 一同は、その声にビクッと体を震わせる。
 拳太の指さすテレビの画面には、夢百合香稟が登場するCMが放映されていた。
「な、何だ、テレビのことか。」
 潤太は、ブラウン管越しの香稟を見つめた。
「おぉ!?おいおい、このテレビの子、彼女にそっくりじゃないか?」
 父親のとんでもない一言に、思わずずっこける唐草兄弟。
「と、父さ〜ん、何言ってんだよぉ。ここにいる香稟ちゃんと同一人物だってぇ!」
「何!?そ、そんなバカな!だって、おまえ。彼女、テレビの中で動いてるぞ?ま、まさか二人いるわけじゃないだろうが!?」
 父親は、テレビに映る香稟と目の前にいる彼女を見比べて、ただひたすら驚いている。
 そんな大ボケな父親に、潤太は冷静沈着に事情を説明する。
「あのね、父さん。テレビに映ってる彼女は、VTRっていって、いわゆるビデオに映った彼女なんだよ。つまり、テレビの中の彼女は、ここにいる彼女の少し前の彼女というわけなんだ。」
「彼女彼女って...。おまえ、もう少しわかりやすく説明せんかっ!」
 これ以上、どうわかりやすく説明できるのだろうか...?この時の潤太は戸惑いながらそう思った。
「まぁ、いいじゃないの。それより早くご飯食べて下さいな、お父さん。」
「いやいや、そうはいかないぞ、母さん!この謎を解き明かさん限りは、オレはぁ、メシなぞ、のどを通らんからな!」
 父親は腕組みしたまま、頑固な姿勢を見せつける。
「あ、あの潤太クンのお父さん、よろしいですか?」
 この一連の会話を聞いていた香稟が、自ら事情説明に乗り出した。
「さっき潤太クンが言った通りで、テレビに映っていたあたしは、ビデオテープの中に映っていたものなんです。ほら、最近のお父さんお母さんも、お子さんをビデオに収めること多いじゃないですか。原理はそれと同じなんです。つまり本人を目の前にして、ビデオからその人物を見るといった感じで...。」
 香稟の例題を添えた説明に、父親はウンウンとわかったようにうなずいた。
「おお、なーるほど!そういうことだったのかぁ。いやぁ、さすがはゲイノージンだね、キミは。わっはっはっは!」
「いえ、別に芸能人だからという理由は、ちょっと違うと思いますけど、わかっていただけてよかったです。」
 高笑いの父親に、ちょっと照れ気味の香稟だった。
「おい潤太!おまえも、彼女みたいにちゃんと、わかりやすく説明できるよう勉強せんかっ!ホントにこの息子どもは、どうも口べたでいかんなぁ。」
 潤太は心の中でつぶやく。
「...彼女の説明って、ボクの説明と、さほど変わらない気もしたんだけどなぁ。」
 ちょっとおかしな、そんな和やかな会話が飛び交う中、唐草家の夕食会は楽しく続くのだった。

 ◇
 どっぷり暗闇に包まれた午後9時過ぎ。
 楽しい夕食会も終わり、香稟が唐草家を後にする時間となっていた。
 香稟は、潤太の両親に深々と頭を下げて、この上ない感謝を伝えていた。
 潤太は、彼女を駅まで送るため、彼女と一緒に家を出ていく。
「あ、待ってくれぇ!オレも送るよぉ!」
「ダメだ、拳太!おまえは今日、ご飯の後片づけをする日じゃないかっ!」
「そ、そんなぁ〜...。」
 拳太は肩を落として、居間の方へと消えていった。
 潤太と香稟の二人は、薄暗い電灯の下を歩き始める。
「今日はありがとう。楽しかったし、お料理もとってもおいしかったわ。」
「母さん、かなりがんばったみたいだからね。いつもだったら、あんな豪勢なおかずなんて作らないもん。よほど、香稟ちゃんの来訪がうれしかったと見えるな。」
「そう言ってもらえると、遊びに来た甲斐があったわ。フフフ。」
 二人は、肩を触れ合わす程度に接近して歩いている。それは、明らかに出会った頃とは違っていた。以前と違うお互いの気持ちを、近づくことで意識し合っているようだ。
「あ、そうだ!」
「ん、どうかしたの?」
 香稟はうれしそうな顔で、すぐ側にいる潤太の腕を掴んだ。
「あたしね、今度二時間ドラマの主役やるの!明日から撮影開始なんだ。」
「へぇ、そうかぁ。どんな役なんだい?」
 その二時間ドラマのあらすじを熱く語る香稟。
「あたしが演じる高校生が通う学校でね、殺人事件が起こるの。そこで、この高校生がある私立探偵と一緒になって、犯人を突き止めていくっていう物語なの。」
「おお、ちょっとかっこいい役なんだね。がんばってね。」
「うん。放映はね、二週間後の金曜日、午後9時からの“金曜サスペンス劇場”だから。絶対に見てよね。」
「了解!」
 香稟の表情からは、仕事に対する前向きさが伝わってくる。それは、これからの芸能活動に、新たな希望の光が射し込んだことによる、彼女なりの喜びでもあった。
 芸能人としての生活に嫌気が差し、移動中の社用車から逃げ出したあの香稟は、少しずつだが、自分の仕事に張り合いを持ち始めていたようだ。
 潤太は、まぶしいほど輝くアイドルを横に見て、心なしか自分が誇らしく思えた。

-18-
Copyright ©masa-KY All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える