小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第5話 〜 知られざる過去と秘密(3)

 某テレビ局Dスタジオである。
 本日ここでは、“金曜サスペンス劇場”の撮影が行われる。
 スタジオ内には、撮影スタッフを始め、出演者達がぞろぞろと集まってきた。夢百合香稟もその中の一人であった。
 彼女が緊張気味にスタジオへ入ってくると、彼女を待っていたかのように、一人の役者が声を掛けてくる。
「やぁ、香稟ちゃん。オレは連章琢巳。今日からの撮影、よろしくたのむよ。」
 クールな表情にキザな話し方、このドラマで香稟の相手役を演じる連章琢巳である。
「あ、よろしくお願いします!」
 香稟は、いつも通りの元気なあいさつを交わした。


「よーし、それじゃあ本番行ってみよーかぁ!」
 簡単なリハーサルも終わり、撮影監督の大きな声がスタジオ中に鳴り響く。
 このドラマの主演に抜擢された香稟は、緊張な面もちで、いざ“スタート”の声を待ち望んでいる。
 相手役の連章は台本片手に、自分のセリフの最終確認をしている。
「よーい、スターッ!」
 撮影監督の一声で、スタジオ内はドラマの舞台へと変わった。
 ここで撮影されるシーンは、主人公の高校生が、知人に紹介された私立探偵事務所を訪ねに来るといった設定である。
「あ、あの、あたし、霞丘麗子といいます...。あ、あなたが、探偵の雲野内さんですか?」
「...そうだけど?オレに何か用かい?」
「あ、あの...。じ、実は、あたしの通う学校で、さ、殺人事件が起こっちゃって...。」
 香稟と連章のツーショットが続く。
 二人はセリフを噛むことなく、すっかりドラマの世界へ入り込んでいるようだ。
「はいオッケー!二人ともお疲れさーん!」
 このシーンでは、少しのNGはあったものの、わずか二時間というスピードで撮影を終えていた。
 ようやく緊張の糸がほぐれた香稟は、顔をほころばせながら、撮影スタッフにあいさつする。
 そんな彼女の側へやって来た、彼女のマネージャーの新羅今日子。
「ご苦労さま。いい演技だったわね。」
「ありがとうございます。」
 真面目に仕事に取り組む香稟の姿は、新羅にとってこの上ない喜びだったようだ。
「いやぁ、すばらしい演技だったね。さすがはスーパーアイドル夢百合香稟。その名を汚さない迫真の演技だったよ。」
 にやけた顔で現れた男、相手役の連章琢巳である。
 彼はサラサラとした髪の毛をかき分けて、香稟の側へとやって来た。
「ありがとうございます。明日もよろしくお願いします。」
「もちろんだよ。キミのような魅力的な女性の相手役なんて、こんな光栄なことはないからね。オレの方こそ、よろしくお願いするよ。」
 自慢の口説き文句を口にする連章。彼は得意の流し目で、香稟の横にいる新羅に目を向ける。
「これはこれは、新羅さんじゃないですか...。お元気そうで何よりで。ククク...。」
 凍りつくような彼の視線に、新羅の顔色が急変した。
「...連章クン、あなたも元気そうじゃなくて?」
「ええ。至って元気ですよ。今回はお世話になりますよ、新羅さん。あ、そうそう、社長さんによろしく伝えて下さいよ。今後ともよろしくってね。」
 新羅の目つきがいつになく鋭くなる。小刻みに震えながら、彼女は何かをこらえているようだ。
「それじゃあ、また。」
 連章はウインクを一つこぼすと、スタジオから軽やかに出ていった。
「...どうかしたんですか?今日子さん?」
「な、何でもないわ。さぁ、わたし達も早く出ましょう。」
 香稟の問いかけに答えを出さない新羅。
 彼女は平静を装いつつ、香稟の背中をそっと押しながら、スタジオから姿を消していった。

* ◇ *
「よぉ、潤太クン!おっはよう!」
 いつもと変わらない朝、ここは潤太の通う高校だ。
 眠い目を擦る潤太に声を掛けたのは、いつも通りの“あの”二人だった。
「おはよう、ふあぁ...。」
「何だよ、おまえ。こんなすがすがしい朝なのに、そんなアホみたいなあくびしおってからに...。」
 色沼と浜柄の二人は、彼に呆れた表情をぶつけている。
「そんなこと言われてもさぁ。昨日、仕掛かってた絵があったもんだから。」
「相変わらずそれかい!おまえもホントに好きだなぁ。」
「まぁね。」
 “絵”というキーワードで、色沼・浜柄コンビは例の話題を持ち出す。
「おうおう、そういえばさ、彼女元気か?ほら、夢野香ちゃん!」
「相変わらず、二人で楽しくお絵かきしてんのか?」
 潤太は顔を赤らめて、両手を大きく振り乱す。
「いやいや、会ってないよ全然。だってボクと彼女は、付き合っているわけじゃないしさ。ちょうどおまえ達と偶然出会った時以来、彼女とは会ってないよ。」
「ほう。そうか、そうか。それはよかったな。」
「な、何だよそれ?何でよかったのさ?」
 色沼は鋭い目つきで、潤太の顔に人差し指を突きつける。
「あたりめーだろぉ?おまえみたいな根暗なヤツが、あんな香稟ちゃん似の女の子と仲良くなるなんて、たとえお天道様が許しても、このオレ達は許さねぇぜ!」
「そうだそうだ!おまえに彼女なんてもったいないからな!」
 子供っぽくひがむ色沼と浜柄の二人に、溜め息を一つこぼす潤太であった。
「...おまえら、それでも仲間かよ...。ひどい言われようだね。」
 二人はニカッと笑みを浮かべて、彼を押し倒さんばかりに急接近してきた。
「というわけで!おい潤太、彼女の電話番号を教えろ!」
「は!?なっ、何が、というわけなんだよ!ボ、ボク電話番号なんて知らないよ!」
「何ぃ!?じゃあ、住所ぐらいは知ってるだろ!?」
「それも知らないんだよ!」
「何ぃぃ!?じゃあ、じゃあ、よく遊んでる場所ぐらいは聞いてるだろ!?」
「知らないって。そういったプライベートな話はしてないんだよ!」
「何ぃぃぃ!?そ、そそ、それじゃあ、趣味とか特技ぐらいは...!」
 この場が突如、シ〜ンと静けさに包まれた。
「...おいおい、趣味と特技知ったところで、オレ達に何の得もねぇじゃねぇか...。」
「そうだな...。」
 色沼と浜柄の二人、そして潤太が、空しい風に吹かれていた、そんな矢先だった。
「...!」
 潤太の耳に、夢百合香稟の名前が飛び込んだ。
 教室内にいる彼のクラスメイト達が、何やら彼女のネタで盛り上がっている。
 彼がそわそわしながら、その話題に聞き耳を立てる中、色沼はいち早く、クラスメイト達の会話を理解したようだ。
「おお、そういえば香稟ちゃん、今度二時間ドラマやるんだったな。」
 それを聞いて、浜柄は相づちを打つ。
「ああ、例の金曜サスペンスだろ?確か二週間後の放送だったよな?」
 その時、潤太は正直驚いていた。目の前にいる二人の、夢百合香稟に対する情報の早さに脱帽していたのだ。
「...でもよ、相手役がちょっと気になるよなぁ。」
「ああ〜、アイツな。確かにうれしい相手役じゃないな。」
 “気になる相手役”に、素朴な疑問を抱いた潤太。
「ねぇ。何が気になるの?」
 色沼は芸能オタクとばかりに、彼の質問にすぐさま答える。
「いやな、相手役の連章琢巳っていうのはさ、言ってみれば、芸能界のスケコマシって感じでな。連章さ、昔はろくに売れないタレントだったんだけど、ある有名女優と不倫疑惑が持ち上がった途端、あっという間にスターの仲間入りしちゃったんだ。」
「ふ〜ん。そういうことってあるのかぁ。」
「いやそれがさ、今でもヤツは性懲りもなく、そういった女絡みの噂が絶えない男なんだよ、またこれが。」
「ふ〜ん...。で?」
 色沼の言わんとする意図を、まったく理解できていない様子の潤太。
 色沼と浜柄の二人は呆れ顔で、おとぼけた彼に念を押すように釘を刺す。
「おいおい、おまえ、鈍いヤツだなぁ。つまり、香稟ちゃんがヤツに目を付けられる可能性があるってことだよ!」
「つまり、ゲイノースキャンダル!夢百合香稟、連章琢巳とラブラブかぁ、とかいうニュースが飛び込んでくるかもってこと!」
「えっ!そ、それって。そんな、まさか!?」
 潤太はその衝撃に愕然とした。
 この事実は、一般人には味わえない優越感を味わっていた彼にとって、この上ない焦燥感の到来を告げていた。
「そ、そんな!か、彼女に限って、まさか...!」
「おいおい、何だよその言い方は〜?まるで、香稟ちゃんを自分の彼女みたいにいいやがって。」
「え!?あ、い、いや。そ、そそ、そういうわけじゃないんだけど...。あは、あはは...。」
 今の彼は、乾ききった笑みでこの場をやり過ごすしかなかった。
 なぜなら彼の気持ちは、ただならぬ不安さに支配されていたからである。

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