小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第1話 〜 男と女の出会う街角(1)

「いやぁ、やっぱりかわいいよなぁ、香稟ちゃんは!」
「ん、カリン!?カリンって果物のことか?」
「何言ってんのさ!ほら、テレビに映ってる女の子だよ!」
 ここには、テレビの話題で会話する、ごく普通の少年二人がいる。
 その内の一人は、素知らぬ顔でテレビに目を向ける。
 もう一方は、そのテレビを見つめる少年に向かって、呆れた顔を見せつけている。
「へぇ...。この子がカリンちゃんなのか?」
「そうだよ!夢百合香稟っていって、今世紀最後のスーパーアイドルだよ!」
「ふ〜ん。」
 興味なさそうな表情で、テレビから視線を逸らした少年。
 彼の名は、唐草潤太という。現在、高校3年生の17歳である。
 彼のすぐ側にいるもう一人の少年は、彼の弟である唐草拳太、現在14歳、中学生である。
 兄弟二人は、自宅の居間にて、それぞれの時間を過ごしていた。
 兄の潤太は、何やら写真の載った分厚い本を床に広げて、横になって眺めている。一方の弟の拳太は、テレビの人気歌番組を食い入るように眺めている。
 ここでは、それぞれのごく普通の楽しい一時が繰り広げられていたようだ。
 テレビのブラウン管を通して流れる、人気スーパーアイドルの曲、声、そのすべてが、遙か彼方からしか聞けないと思うのが普通であろう。
 ところが、そんな固定概念を覆すほどのとんでもない出来事が訪れることを、今の二人は知る由もなかったのである。

* ◇ *
 ここは某テレビ局。
 ここでは、高視聴率をほこる人気歌番組の生放送が行われていた。
 放映時間が終わると、一人の人気アイドルが、周りのスタッフに声を掛けられながら、早足で控え室へと向かう。
 彼女は控え室へ戻るなり、その場に待機していた彼女専属のメイク係の側へとやって来た。
「お疲れさまでした〜。」
 その専属メイク係は、目の前の椅子に腰掛けた、その人気アイドルの髪の毛をとかし始める。
「今日の曲は、新曲なんですってね。いい曲でしたよ。」
 正面の鏡に映る人気アイドルに向かって、専属メイク係は笑顔でささやいた。
「ありがとうございます...。」
 少し元気のないお礼を口にした人気アイドルは、控え室に備え付けてあるテレビを横目で眺めていた。
 そのテレビはある特集をしている。その特集とは、今時の女子高生相手の街頭インタビューであった。
「最近のお楽しみスポットを教えて下さい?」
「え〜っとねぇ、やっぱ、渋谷かなぁ。あとね、原宿の表参道もいいよねぇ。」
「そうそう。やっぱそんな感じぃ〜ってとこかな。」
 真っ黒に日焼けした女子高生は、満面の笑みでインタビューに答えている。テレビのブラウン管越しに流れるその姿を、人気アイドルは無言のまま見つめていた。
「いいですね。あの高校生達...。」
「え、何か言いました?」
「...ううん。何でもないです。」
 何気ない一言をボソッとささやいたのは、今世紀最後の人気スーパーアイドル、夢百合香稟であった。いったい彼女は、何を伝えようとしていたのだろうか...?


「お疲れさま、香稟。今日はこれでお仕事終わりよ。一応、明日のスケジュールだけ伝えておくわね。」
 クールに澄ました表情の女性が、テレビ局から走り出した社用車に乗る夢百合香稟に話しかけた。
 そのクールな女性とは、香稟の専属マネージャーの新羅今日子である。
「明日は、朝8時から週刊誌の表紙の撮影、その後、朝日出版と写真集の打ち合わせでしょ。それが終わったら、今度はサンテレビでの収録があるわ。あ、そうそう、その間にね、あけぼのドリンクスのCM撮影の打ち合わせがあるんだったわ。」
 出るわ出るわと、香稟の多忙なスケジュールが明かされた。
 香稟は浮かない顔のまま、隣の新羅の話を聞いている。
「どうかしたの?今日はヤケに元気ないじゃない?」
「......。」
 ついうつむいてしまった香稟。彼女は蚊の泣くような声で、隣にいるマネージャーに語りかける。
「明日も...。あたし、明日もお休みないんですね。きっと、明後日もそうなんですね...。」
「え!?何それ、どういう意味よ?」
 言葉の意味が理解できない新羅は、少し怒り口調で彼女に問い返した。
「あたしは、ちゃんと学校に行っていれば高校3年生です。普通だったら、友達と街へ出掛けて、いろいろなところで楽しく遊んでる時期ですよね。それなのにあたしは...。来る日も来る日も仕事ばかりで、まともにお休みも取れない...。」
「香稟、あなた...。」
 新羅は呆気にとられて、彼女の想いなど理解できない様子だ。
「何言ってるのよ。あなたはこの芸能界で最高のスーパーアイドルなのよ。他の高校生と一緒の生活なんてする女の子じゃないのよ。それに、ヒマがないほど忙しいのは、人気がある証拠じゃない。この芸能界にはね、あなたと違っていつまでも芽の出ないアイドルだっていっぱいいるんだから。ふざけたこと言っちゃダメじゃない!」
 その厳しい言葉に、香稟は涙を浮かべて訴える。
「それじゃあ、あたしは周りにいる同じ高校生とは違う人種なんですか!?その子達と同じように、楽しく遊んだり、どこか出掛けたりしちゃいけないんですか!?そんなのおかしいわ。あたしだって、みんなと同じように生まれてきたのに...!」
 困惑めいた表情をする新羅。彼女は、泣き叫ぶ香稟をなだめようとする。
「いったいどうしたって言うの?いきなり今日になって、そんなこと言うなんて...。今まで、芸能生活が楽しいって、あなた自身あんなに喜んでたじゃない。」
 新羅から視線を逸らす香稟。彼女は、涙目を虚空に浮かべている。
「最近...。ううん、もっと前から何となく感じてました。あたしにとって、アイドルと呼ばれることの意味って何なんだろうって...。所詮は、人を喜ばせて楽しませてるだけ。肝心のあたしの楽しみはどうなるんだろうって...。」
 新羅は納得できず、憤りを抑えきれなくなっていた。
「それは、あなたの屁理屈に過ぎないわ。芸能界に籍を置く者は、みんなそうやって生きてるのよ。決してあなただけじゃないわ。」
「わかってます...。あたしだって、人前で好きなだけ歌が歌えたらどんなに素敵だろうって、そう思っていたからこそ、この芸能界へ入ったんですから。」
 若き少女は、芸能人という自分の立場を悔いている。しかしその気持ちは、どう言葉を並べても、結局は言い訳にしか聞こえない空しい言葉でもあった。
「とにかく、香稟。今後、そういう話はしないでくれる?あなたには、わたしのなし得なかった夢がかかってるのよ。お願いだから、もうそんな思いを抱かないでちょうだい。」
 香稟は、マネージャーの説教じみたセリフに、口を閉ざしたままうなずいた。彼女はこれ以上、不平不満を口にできる状況ではなかった。
 そして、二人を乗せた社用車は、夜のネオン街を走り抜けていった。

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