小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第6話 〜 彼の揺れゆく想い(1)

「ん、どうした、そんな大声出して。」
「編集長!ス、スクープですよ、スクープ!」
「何、スクープだとぉ?どんなスクープなんだよ?」
「この写真見て下さいよぉ!ほら、これ!」
「ん...。ここに写ってるのは、おまえ、まさか...!」
「ね!すごいでしょ!?これは大スクープですよ!こういう見出しはどうですか?あのトップアイドル夢百合香稟、売れっ子タレント連章琢巳との深夜の密会!」
「うんうん、これはすごいぞぉ!おい、明日の朝刊、これを載せろぉ!しかも芸能トップでだぁ!!」
 あるスポーツ新聞社では、いきなり舞い込んだスクープに、激しいほど慌ただしくなっていた。
 しょぼいトップニュースを予定していただけあって、降って沸いてきたようなこのニュースに、誰もが興奮の坩堝と化していた。
 それは、スーパーアイドルにはあってはならない、夢百合香稟のスキャンダルだった...。

* ◇ *
 翌日の朝、ここは唐草潤太の自宅である。
 潤太は未だ夢の中にいた。
 幸せそうな顔をして寝ている潤太。きっといい夢を見ているのであろう。
 そんな彼の幸せを、大声と物音で一瞬のうちに破壊する者がいた。
『ドンドンドン!!』
「おい、兄貴!起きろよぉ!た、大変なことになってんだよぉぉ!!」
 弟の拳太は叫びながら、とめどなくドアをノックしている。
 突然の朝の慌ただしさに、潤太は深い眠りから目覚めてしまった。
「な、何だよぉ...?まだ、7時じゃないかぁ...。」
「と、とにかく起きろよぉ!と、とんでもない芸能ニュースやってるんだよ!!」
「...芸能ニュース?言っておくけど、ボクは誰かと誰かが結婚したとか、そういった話題に興味なんかないよ。」
「違うんだよ!香稟ちゃんのニュースなんだよ!」
「...香稟ちゃんの!?」
 驚きのあまり、ガバッと起きあがった潤太。
 彼はものすごい勢いで、自室のドアをこじ開ける。
「おい、香稟ちゃんのニュースって、か、彼女に何かあったのか!?」
 眠気もぶっ飛んだ潤太は、ただならぬ表情の拳太に連れられて、居間にあるテレビへ向かって走り出した。
「...!」
 潤太の目に映ったもの。それは、夢百合香稟のスキャンダルを報道する芸能ニュースの映像だった。
 潤太は立ちつくしたまま、テレビに映るテロップを読み上げる。
「スーパーアイドル夢百合香稟に恋人発覚...。相手は売れっ子タレントの連章琢巳...。」
 潤太は頭の中が真っ白になっていた。
 予想もしなかった事実、この信じがたい事実に、彼はトンカチで頭を叩き付けられる思いだった。
「う、うそだろ...?ま、まさか...。」
「...やっぱりさ、香稟ちゃんも芸能人なんだよな。相手があの連章琢巳じゃあ無理ないよな...。」
「......。」
 潤太は唖然としたまま、金魚のように口をパクパクさせている。
 拳太は、このスキャンダル報道を詳しく説明する。
「昨日の夜に、連章の住んでるマンションに入っていく香稟ちゃんと、迎えに来たマネージャーと一緒に車で走り去るのを激写されたらしいよ。ドラマの打ち上げパーティーのあとの密会らしいね。」
「そうか...。」
 潤太は崩れるように、テーブルの側にあった椅子に腰を下ろした。
 彼の頭の中には、友人である色沼と浜柄の二人が話していた会話が思い浮かんでいた。
「つまり、ゲイノースキャンダル!夢百合香稟、連章琢巳とラブラブかぁ、とかいうニュースが飛び込んでくるかもってこと!」
 あの二人の言葉が現実になるなんて...。
 潤太はショックを引きずりながら、いつも通りに学校へと足を運んでいくのだった。

* ◇ *
 その日、潤太の通う学校内では、言うまでもなく、夢百合香稟のスキャンダルの話題で持ちきりだった。
 信じられずに悲観する者もいれば、予想通りだなと納得する者もいる。スーパーアイドルのニュースは、様々な反響を呼んでいたようだ。
 この日の潤太は、めっきり覇気を失っていたのか、授業中はすっかり上の空であった。
 彼は思い詰めた表情で、窓から見える雲をただ目で追うばかりだった。
「ふぅ...。」
 彼の溜め息は、心の中のもやもやを表すかのように灰色がかっていた。


 時刻が午後3時を前にすると、潤太のクラス内がワイワイと騒ぎ始めた。
 潤太は、側にいた友人の色沼に何事かと声を掛ける。
「なぁ色沼、みんな、どうしたんだ?」
「これから香稟ちゃんの記者会見があるんだ。ほら、だからテレビのところに集まってんだよ。」
 色沼は教室備え付けのテレビを指さした。
 そのテレビの周りには、夢百合香稟のコメントを一目見ようと、クラスメイトの半数以上が集まっていた。
「お、いよいよだぞ!」
 いよいよ、3時から放映されるワイドショーが始まった。
 番組の司会者が、夢百合香稟のスキャンダルを淡々とした口調で語り始める。
「おっと、オレも見なきゃな!」
 この時ばかりは潤太も気が気じゃなく、急ぐ色沼の後に付いていく。
 テレビのブラウン管越しに、報道陣に囲まれたスーパーアイドル、夢百合香稟の悲しげな姿が映し出された。
 止まないフラッシュの嵐、四方八方から飛び出す集音マイク、そのすべてが、たった一人のアイドルへと向けられていた。
 潤太は人混みの隙間から、テレビに映る香稟の映像を見つめた。
 テレビからは、厳しくもしつこい報道陣の声ばかりが聞こえてくる。
「香稟ちゃん!この報道について教えて下さい!本当に連章さんと密会していたんですか!?」
「ハッキリ答えて下さいよ!連章さんとは正式なお付き合いをしてるんですか!?」
 止まることなく続く報道陣の質問。
 香稟は神妙な面持ちで、そのしつこい報道陣に向けて重たい口を開く。
「...確かに、連章さんのマンションに行ったのは事実です。」
 香稟はうつむき加減で弁解を始める。
「だけど、あたしは、マネージャーと一緒に行っただけです!連章さんとマネージャーは知り合い同士だったので、それがきっかけでお誘いされたんです...。」
 報道陣は、彼女に嫌なほど鋭く問い返してくる。
「しかし香稟ちゃん!確か、連章さんのマンションに入った時は、あなたと連章さんの二人だけって話だけど?マネージャーは迎えに来ただけって話だけど、それはどういうことですか!?」
「た、確かに...。確かに連章さんと二人きりだったけど...。マネージャーとはあとから合流する予定になっていたんです!」
「改めて伺いますが、香稟ちゃんは、連章さんとのお付き合いは否定する...。ということなんですね!?」
「...はい。連章さんとは、ドラマで共演しただけで、それ以上のことは何もありません...。」
 ざわつく記者会見の場に、マネージャーの新羅が割って入ってきた。
「あのすいません!時間に余裕がありませんので、本日はこれでご勘弁ください!」
 新羅は、香稟の手を取って会見の場から立ち去ろうとする。
 報道陣にもみくちゃにされながら、二人は逃げるようにその場を後にした。
 その一部始終を見ていた潤太のクラスメイト達。それぞれの意見は、まさに十人十色である。
「怪しいよなぁ。二人きりでマンションに行ってさ、何もないなんて有りえねぇよ。」
「そうかなぁ。あたしは何にもなかったと思うよ。だってさ、ドラマで共演してたとはいえ、たかが二時間ドラマでしょ?期間が短すぎると思うけどな。」
「いやいや、それはアマチャンの考えだぜ!相手はあのプレイボーイの連章琢巳だぞ。香稟もさ、ヤツの毒牙にかかったと考えるのが妥当だと思うぜ?」
「毒牙って、おまえ露骨な言い方するなぁ...。まるで、香稟がヤツに騙されたみたいじゃんか。」
「ん〜。確かに連章の女癖悪いの有名だもんね。その線はまんざらハズレとも言い難いわね。」
 クラスメイト達の、様々な意見を聞いている潤太。
 今の彼は、自分の気持ちをどう整理したらいいのか、正直言ってわからなかった。
「おい、見ろよ。今度は連章のインタビューみたいだぞ!」
 クラスメイト達が一斉に、テレビの画面に釘付けになった。
 噂の相手である連章琢巳の澄ました顔が、テレビを通じて映し出された。
 香稟の時と同じく、報道陣が津波のごとく彼を取り囲んでいる。
「連章さん、教えて下さいよ。昨日の夜は、香稟ちゃんと二人きりで過ごしたんですか!?」
 こういう報道に慣れているのか、まったく動じる様子もない連章。
「ハッハッハ!ホントにあんた達の行動は、まるでハイエナ並だね。ちょっと新聞でスクープが出ると、ここぞとばかりに湧いて出てくるんだものな。」
「いやぁ、連章さーん。これがわたし達の仕事ですからね。ねぇ、その辺答えて下さいよ?」
 連章はいつも通りの、クールでニヒルな表情で話し始める。
「ああ、香稟ちゃんがマンションに来たのは事実さ。だけど、途中で彼女のマネージャーに連れて行かれたよ。これからって時ね!」
「これから?連章さん、これからってどういう意味ですか!?」
「ハッハッハ!深い意味じゃないって。一応、そういうことだからさ。これで勘弁してくれないかな?」
「あ、連章さん、もう少しでいいからお願いします!」
 連章は含み笑いを浮かべながら、さっそうとその場から去っていった。
 連章のインタビュー映像が終わると、教室内は再びクラスメイト達の評論タイムとなった。
「やっぱりさ、間違いないんじゃない!?絶対二人できてるよ!」
「そうかも知れねぇな。アイツのあの言い方さ、ほら、前のスキャンダルの時と同じだったぜ?」
「それにさ、香稟の言い分と、連章の言い分とが食い違ってる部分もあるしな。果たして、それが何を意味するのか!?」
 さっきまでは、恋人否定説と肯定説はちょうど半分ぐらいだったが、連章琢巳のインタビューを見終えた後、それぞれの意見は、ほぼ90%近くが恋人肯定説に傾いているようだった。
 潤太は信じたくない気持ちを抱きながらも、クラスメイト達の意見に流されそうになっていた。
「...アイドルは、やっぱりボクの住む世界の人じゃないんだ...。所詮、ボクと香稟ちゃんは、単なる知り合い同士に過ぎなかったんだ...。」
 彼の心情は、そんなせつない思いで覆い尽くされていた。

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