小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第6話 〜 彼の揺れゆく想い(2)

 次の日、土曜日の夜だった。
 潤太は心が激しく揺さぶられながらも、自分の趣味である風景画に没頭していた。
 しかし...。
「くそっ!どうしても、いい色がでないなっ!」
 彼は、今まで経験したことがないほど困惑していた。
 見た目で普段通りを装っていても、頭の中は夢百合香稟のことでいっぱいだったのだ。
 潤太は、彼女に連絡を取りたかったが、臆病風に吹かれていたようで、前日のニュースのあと、二人は音信不通のままであった。
「よし、こうしてみるか...。」
 そんな取り留めない思いを紛らわそうと、彼はひたすら机の上のスケッチブックに集中していた。
 その刹那、一階から彼の母親の声がこだまする。
「潤太〜、電話よぉ!」
 その母親の声に、彼はすぐさま反応すると、ドタドタと駆け足で階段を駆け降りた。
「まさか、香稟ちゃん...!?」
 彼の心はうるさいぐらい激しく騒いでいた。
 そんな彼の取り乱した姿に、母親は思わず呆気にとられた。
「あ、あんた、家が壊れちゃうわよぉ。」
 母親の文句など聞く耳持たず、彼は奪い取るように受話器を手にした。
「も、もしもし!?」
「おう、オレだ、浜柄だよ。」
「...何だ、おまえかよぉ...。」
 ガックリと肩を落とす潤太。
「何だよ、オレじゃなきゃ、誰だと思ったのさ?」
「いや、おまえには関係ないよ...。で、何か用かい?」
「ああ、さっき色沼から電話があってさ。明日の日曜日にどこか街へ出掛けようって話になったんだけどさ、おまえも付き合えよ。」
 ありがたい誘いと思いつつも、潤太は素直に喜ぶことができなかった。
「...遠慮するよ、ボクは。何だか、そんな気分じゃないんだ。」
「おいおい、オレ達はおまえのために言ってんだぞ。最近のおまえ、やけに元気ないからな。オレ達がおもしろいところに連れていってやるからさ、付き合えって!」
 潤太はしばらく考えた後、少しでも気を紛らわすことができればと、そう気持ちを方向転換していた。
「わかった、付き合うよ。で、どうすればいいの?」
「明日、おまえのところへ迎えに行くよ。だから、家で待機していてくれ。」
「わかった、それじゃあね。」
 潤太は大きく溜め息をついて受話器を置く。
「...たまにはこういうのも悪くないかもな。そうと決まれば、あの絵一気に仕上げなきゃ。」
『プルルル...、プルルル...』
『ドキッ!!』
 彼が部屋へ戻りかけた途端、電話のベルが静かな廊下に鳴り響いた。
 ゆっくりと電話機へ近づく潤太。
「...まさか、今度こそ。」
 彼はやはり、香稟からの連絡を期待しているようだった。
 彼は深呼吸ひとつして、そっと受話器を上げる。
「もしもし...?」
「おー、オレだ、色沼だぁ。ハッハッハ!」
 繰り返し肩を落とす潤太。
「...何か用?」
「何だよ、おまえ、やけに愛想悪いじゃんかぁ!友達相手に、そういう態度はないだろ?」
 潤太の声は苛立ちすら感じさせる。
「今、忙しいんだよ。用があるなら早めに言ってくれない?」
「わかったよ!あのさ、さっき浜柄にも言ったけどさ...。」
「ああ、日曜日出掛けようって話かい?もう聞いてるよ。」
「あら、そうなの?んじゃ、話は早いな。で、おまえどうするんだ?」
「OKしたよ。特に用事があるわけじゃないしね...。」
「そうか!よし、それじゃあ、明日よろしくな!じゃあな。」
 潤太は再び、大きな溜め息をついて受話器を置いた。
『プルルル...』
「わっ!?ま、またかよ。」
 何ともしつこい電話である。これほど立て続けに電話が来る家も珍しいだろう。
 潤太は恐る恐る受話器を上げた。
「...もしもし?」
「あ、わりぃ、わりぃ、浜柄だよ。すまねぇな。」
 肩を落とすというより、もう怒り寸前だった潤太。
「もう、何なんだよ!?まだ何か用かい?」
「そう怒るなよ。あのさ、明日は、午前10時過ぎにおまえのところにいくからさ。寝坊しないようよろしくな!」
「はいよ。で、もう終わりかい!?」
「ああ、それだけだ。じゃあな!」
 潤太は叩き付けるように受話器を置いた。
 もう、かけてくるな!彼の表情は、そう叫んだように見えた。
「ふぅ、やっと部屋へ戻れる...。」
 彼は疲れ切った顔で、二階につながる階段へと足をかけた、その瞬間だった。
『プルルル...、プルルル...』
 しつこさを通り越した電話のベルの音。
「あぁぁ、もう!あいつら、何回電話すれば気が済むんだぁ!!」
 潤太は怒鳴りながら舞い戻り、鳴り止まない電話の受話器を掴んだ。
「もしもし!おい、しつこいぞ!言いたいことはまとめて言ってくれよっ!!」
「...あ、あの、もしもし?」
「えっ!?」
 受話器から聞こえてきた声は、彼の友人たちの声ではなかった。
 しかもその声は、彼にとって聞き慣れた、しかも懐かしい女の子の声だった。
「ま、まさか、か、香稟ちゃん?」
「...うん。久しぶりだね。」
「あ、ああ、ひ、久しぶり...。げ、げげ、元気だった?」
「...うん、なんとか。」
 明らかにいつもと違う、陽気さが感じられないアイドルの声。
 諦めていたはずだった彼女の声に、潤太は動揺を隠せずにいた。
「...もう、あたしのニュース見たよね。驚いたでしょ?」
「...うん、驚いてないといったら嘘になるかな...。」
 彼女のか細い声は、あのテレビから流れた記者会見の時と同じように、悲しくてせつない音色のようだった。
「た、大変だよね、アイドルって。あ、あんなに報道陣に囲まれちゃってさ、大変だったでしょ?」
「うん...。」
「え、えーっと...。」
 潤太は何を話したらいいのかわからず、言葉に詰まってしまった。
「ねぇ、潤太クン。あなたは、あたしの言ったこと信じてくれる?」
「え!?し、信じてるって...。」
「あたしが、記者会見で言ったこと...。」
「あ、ああ、そのことか。う、うん、ボクは信じてるよ...。」
 潤太は揺れ動く心のままに、当たり障りないセリフをつぶやく。しかし彼の心中は、香稟を信じてよいのかわからなかったのだ。
「ホントに?よかった...。あたし、潤太クンに信じてもらえなかったらどうしようかと思っちゃった。」
「香稟ちゃん...。」
 ホッとしたのか、香稟の声の悲しさが少しずつ消えていった。
 彼女のそんな気持ちを感じた潤太は、頭の中を覆っていたもやもやが、ゆっくりながらも薄らいでいく感じがしていた。
「あのね、潤太クン。明日の日曜日、ヒマかな?」
「え...。」
 ついさっき入った予定を思い出し、潤太は言葉に詰まってしまう。
 「あ。もしかして、もう予定がある?」
「ゴ、ゴメン...。実はついさっき、仲間と遊びに行く予定を入れちゃって。」
「そうか、残念。また今度だね。」
「ゴメンね。また、次の機会に声掛けてよ。」
「そうする。今日はもう遅いから、そろそろ切るね。それじゃあ、おやすみなさい。」
「う、うん。おやすみ。」
 潤太は静かに受話器を置いた。
 彼はこの瞬間、正直ホッと胸をなで下ろしていた。
 それは、彼女に対する不信感が消えていくような、そんなスッキリとした心情であった。
「あーあ。こんなことなら、無理やりアイツらの誘いに乗るんじゃなかったなぁ。」
 先に入れてしまった日曜日の予定を、彼はひらすら後悔するのだった。

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