小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第6話 〜 彼の揺れゆく想い(3)

 翌日の日曜日。
 この日は、今にも雨が降りそうな鉛色の空だった。
「ごめんくださ〜い!」
 唐草潤太家への来訪者は、前日約束をしていた色沼と浜柄のドタバタコンビだった。
「あら、いらっしゃい。ちょっと待っててね、今呼んでくるから。」
 そんな二人に愛想よくする潤太の母親。
 彼女は大声を上げて、二階で待機していた潤太を呼んだ。
 しばらくして、二階から駆け降りてくる潤太。
「おはよう。」
「オッス、早く行こうぜ!」
 潤太は、二人と一緒に曇り空の外へと出掛けていく。
「なぁ。今日さ、雨降りそうじゃないか?やっぱり、傘いるんじゃないかな?」
 上空を見上げながら、不安そうな顔をする潤太。
「大丈夫だって!さっき天気予報チェックしたらさ、降水確率60%って言ってたし。」
「おいおい、それ、やばくないかっ!?」
「バッカヤロウ!100%じゃないんだから、心配ないって。ハハハハ!」
「そうそう。降ったら降ったでなんとかなるって!」
 色沼と浜柄は、彼の背中を叩きながら高笑いした。この二人はどうやら、とんでもなく能天気な性格のようだ。
「それはいいとしてさ、今日はどこに連れていくつもりなんだ?」
「まぁ黙って付いてこいよ。こんな嫌な天気をスカッと晴らすような思いをさせてやるからよ。」
「?」
 潤太はわけがわからないまま、のんきな二人に付いていくのだった。


 色沼と浜柄、そして潤太の三人は、中央線に乗って新宿駅に辿り着くと、すぐさま山手線へ乗り換えて、若者の街原宿へとやって来た。
「原宿はいいけど、ここで何すんの?」
「いいから付いてこいって。あ、あそこにいた。」
 色沼は進行方向に向かって、大きく手を振っていた。
 三人の視線の向こうで、カジュアルな服装の女の子三人組が手を振っている。
「もう来てたのか、待ったかい?」
「まぁね、5分ちょっとってとこかな。」
 浜柄は、おどおどしている潤太に、その女の子三人組を紹介する。
「潤太。彼女たちね、オレのダチの通ってる学校の生徒でさ、今日はデートをお願いしてたんだ。」
「そ、そうなんだ...。」
「よろしくねぇー!」
 潤太相手に、明るく振る舞う女の子達。
「あ、よ、よろしく...。」
 潤太は人見知りな性格のため、その女の子達に恥じらいながらあいさつした。
「それじゃあ、出掛けるか。まずはどこ行く?」
「表参道の方ブラブラしない?ちょっと行きたいところあるから。」
「よし、行こうか。」
 男女六人は、原宿駅から表参道に向かって歩き始めた。
 最後列を無口で歩く潤太に、浜柄がにやけた顔で声を掛ける。
「どうだ潤太。なかなか、かわいい女の子ばかりだろ?今日は、積極的に行けよ。こんなチャンスめったにないんだからな!」
「せ、積極的って言われても...。どうすればいいのさ?」
「アホか、おのれは!そんな無粋な質問するんじゃない!気に入った子見つけたら、どんどん声を掛けろよ。おまえこのままだと、いつまで経っても彼女ができねぇぞ。」
「...そういうおまえらだって、いつまで経っても彼女できないじゃないか?」
「う...。」
 思わず口ごもってしまい、当たってるだけに言い返せない浜柄だった。
「あ、ここ!ここ行きたかったんだぁ!」
「入ろ入ろ!」
 女性陣は周りのことなどお構いなしに、お気に入りのお店へと突き進んでいった。
「オレ達、置いてけぼりじゃん...。」
 男性陣は唖然としながら、彼女達のあとを追いかけていった。


 男女六人は、原宿界隈や渋谷へと繰り出し、ワイワイとにぎやかに楽しんでいた。
 六人は休憩とばかりに、渋谷のとあるオープンカフェまでやって来た。
 潤太は未だにこの雰囲気に馴染めず、女の子の誰一人とも、まともな会話をしていなかった。
 それを見ていた色沼と浜柄は、何やらコソコソ話を始める。
「よし、そろそろ別行動といくか。」
「そうだな。時間も時間だし。」
 浜柄はいきなり立ち上がり、まるで選手宣誓のように手を掲げた。
「みんな聞いてくれ。これからさ、一対一のペアになって別行動に入ろうと思う。」
「!?」
 そのいきなりの発案に、飲みかけたアイスコーヒーを吐き出しそうになった潤太。
 この時の女の子達の反応は、意外なほど前向きで率先的だった。
「いいよ。それじゃあ、どう分かれようか?」
 発案者である浜柄がテキパキと話を進める。
「勝手で申し訳ないけど、男性陣が指名するってのはどう?」
「わかった。みんな、それでいい?」
 女の子達は戸惑いもなく、あっさり賛成した。
 この土壇場で、一人だけあっさりな思いでなかったのは、言うまでもなく潤太である。
 色沼は、潤太の手を取って近くに引き寄せた。
「おい、おまえ、誰にするんだ?ハッキリさせろ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!ボ、ボボ、ボクそんなの決められないよ!」
「バカヤロウ!せっかく二人きりにさせてやろうとしてんだぞ?しかも、おまえを優先させてやるんだから感謝しろよな。」
「ボ、ボク、いきなり二人きりなんて、そんな急に困るよぉ...。」
「ここで勇気出さなきゃ、おまえいつまで経ってもこのまんまだぞ?」
「......。」
 潤太はいじけるように黙り込んでしまった。
 色沼と浜柄は、ふぅーと溜め息をついて、ダメだこりゃのポーズをしている。
「仕方がねぇな。浜柄、オレ達で先に決めちまおうぜ。」
「そうだな。」
「...え?」
 そんな潤太を置き去りにして、二人は女の子にあっさりと声を掛けるなり、お店を出ていこうとした。
「お、おい!ちょ、ちょっと待ってくれよ、二人ともぉ〜!」
 潤太の泣き叫ぶような声は、もう二人の耳には届かなかった。
 テーブルに残っているのは、ただ汗をかく潤太と、指名されなかった一人の女の子がいる。
「ねぇ、あたし達もここ出ない?」
「あ...。う、うん。そ、そそ、そうだね...。」
 とてつもない緊張感に包まれた潤太。
 彼女のリードで、潤太は二人きりのデートへと連れ出された。


「......。」
「......。」
 渋谷の街を歩く潤太と女の子の二人。この二人に弾んだ会話はまったくない。
「ねぇ?」
「...え、何?」
「あんたさ、何もしゃべんないんだね。お腹でも痛いわけ?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど。ハハハ...。」
 乾いた笑いでごまかす潤太。
「あんた、名前は?あたしはね、ルミっていうの。」
「あ、ボ、ボクは唐草潤太...。」
「ふ〜ん、よろしくね。」
「よ、よよ、よろしく...。」
「ねぇ、カラクサクンさ、何でそんなにビクビクしてんの?」
「え!?べ、別に何でもないよ...。」
 潤太は何となく不思議に感じていた。
 どうして、この女の子が近くにいるとこんなに緊張するんだろう。香稟ちゃんが一緒にいる時は、こんな風になることないのに...。
「ねぇ!聞いてる!?」
「ハッ!?」
 ボーっとしていた潤太は、彼女のつんけんした声で我に返った。
「ゴ、ゴメン...。何か言ったかい?」
「新宿に行こうって言ったの!どう?」
「ボクは構わないよ。どっちみち帰り道だから...。」
 潤太とルミは、渋谷駅から山手線を経由して新宿へと向かう。
 慌ただしい日曜日の電車内。潤太は手すりに捕まって、車窓から街並みを眺めていた。
「弱ったなぁ...。この子とどんな会話をしたらいいのか全然わかんないよ。いかにも今風で、ちょっと苦手な感じの子だし。あ〜あ、こんなことなら、香稟ちゃんと会う方が断然よかったなぁ...。」
 彼は愚痴をこぼすように、心の中でそうつぶやいていた。


 二人は新宿駅へと辿り着いた。
「こっちよ。ほら、早くしなよ。」
「う、うん...。」
 もうすっかり彼女のペースである。というよりは、彼女が無理やり潤太を連れ回しているように見えなくもない。
 二人は、新宿でおなじみのアルタの前までやって来た。
 潤太は沈みがちに、彼女の後ろを重たい足取りで付いていく。
 今日という一日を後悔して、潤太は呆けたまま歩いていたせいか、前を歩いていたルミとぶつかってしまった。
『ドン...!』
「わっ!?ゴ、ゴメン。」
「ねぇ、それより、アレ見なよ。」
「え?」
 ルミの示した方向にあったのは、アルタビルに装備されている大型テレビスクリーンだった。
 そのスクリーンを目にした潤太の口は、けいれんを起こしたように震えだした。
「...ま、まさか。」
 それは、彼が目を覆い隠したくなるようなニュースだった。
 “スーパーアイドル夢百合香稟 連章琢巳との交際を認める!やはり二人はナイスカップルか!今日、その真相が明らかに...!”
「う、うそだろ?だ、だってあの時、彼女はちゃんと...!」
 潤太は立ちつくしたまま、テレビスクリーンを見上げている。
「何だかんだ言っても、夢百合香稟も人の子だよねぇ。清純派アイドルなんて、この世にはいないのよ、きっと。ほら、早く行くわよ。」
「......。」
「ちょっと、ねぇ、何ボーっとしてんのよ!早く行こうってば!」
「...悪いけど、もうボクのこと、放っておいてくれないか...。」
「は?」
 潤太は呆然としながら、テレビスクリーンに映る、香稟のスクープ報道に釘付けになっている。
 辺りを行き交う人の声や足音、走る電車の音、そして隣にいるルミの声すらも、今の彼にはまったく聞こえてはいなかった。
「何よ、コイツ、バッカみたい!!」
 ルミは白けた顔で、潤太の側から消えていった。
「......。」
 スクリーンを見つめ続ける潤太の顔に、一滴の水滴が落ちてきた。
『ポツポツ...』
 天から冷たい水が降ってくる。それは非情なまでに冷たい水色の雨だった。
 辺りを歩いていた人々は、いきなりの雨をしのごうと、駅やビル内へと走り込んでいく。
「......。」
 潤太は、そんな慌ただしさの中でも、ただひたすらテレビスクリーンを見つめ続けた。
 雨足はますます強くなって、小雨から夕立のような大粒の雨へと変わっていた。
 彼はゆっくりと天を、鉛色した淀んだ空を仰いだ。
 落ちてくる冷たい雨は、彼の心の悲しさと混じり合い、足下へと滴り落ちていく。
「ボ、ボクは...。ボクはどこまで信じたらいいの...?教えてくれよ、香稟ちゃん...!」
 降り続いた雨は、潤太の全身を激しく濡らした。そして彼の淡い想いまでも、冷たい雨に浸透されていった...。

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