小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第7話 〜 限りない愛の決意(1)

「どういうつもりだ?あのFAX、マスコミに流したのおまえだろ?」
「...そうよ。どうしてわかったの?」
「そりゃわかるさ。あんなことができるのは、あの事務所じゃおまえ以外にはいないだろうからな。」
「フフフ...。もしかして、迷惑だったかしら?」
「ああ、ハッキリ言って迷惑だ。何たって、あのスーパーアイドルを振り回しちまったんだ。これじゃあ、オレはとんだ悪者にされちまうしな...。」
 ここは、都内の某ラブホテルである。
 薄明るいピンク色した室内には、一人の男と一人の女がいた。
 二人は丸い形のベッドの上で、寄り添い合って密談している。
「おまえ、このことが社内にバレたら、それこそクビになり兼ねないぜ。」
「そうね...。まぁ、バレたらバレたで構わないけど。どうせ居心地が悪かったし、クビになったら、あなたの事務所に移れば済むことだし...。」
 その女は色香を漂わし、横にいる男の耳元でささやく。
「ねぇ、本気であたしと結婚してくれるんでしょう?」
「......。」
 男はベッドから起きあがり、一人シャワールームへと向かう。
「ちょっと、琢巳!どうなのよ!?」
「それはおまえ次第だな。オレの本当の女になりたいなら、もっと名を売ることだ。どんな卑劣なやり方をしてもな。」
「...!」
 その男は口元を緩めてニヤリと笑った。
 女は悔しそうな顔をして、色っぽい口を閉ざしてしまった。
『シャアアアァァァ...』
 その男、連章琢巳はシャワーで汗を洗い落としている。
 ワイドショーを騒がせたあのニュース、夢百合香稟との交際を認める報道に、彼は少しばかり気が滅入っていた。しかし彼は、このスキャンダルを逆に利用できるとも考えていた。
「...まりみのヤツ、余計なことをしやがって。だがオレは、これでさらに芸能界において箔が付いたってもんさ。ここは下手に動かず、向こうさんの出方を見た方がよさそうだな...。」
 彼は目をギラギラさせて、不敵な笑みを浮かべていた。

* ◇ *
 同日の別の場所では、押し寄せてきたマスコミの対応に追われていた。そう、ここは「新羅プロダクション」。
 事務所の社長室には、頭を抱える社長と、猛烈に激怒する新羅今日子の姿があった。
「お父さん、どういうことなんですか!?香稟はあの男とはまったく交際の事実はないわ!どうしてあんなFAXがマスコミに流れたんですか!?」
「お、落ち着け、今日子!わしにとっても、あのFAXの件は寝耳に水だったんだ!気付いた時には、例のニュースがテレビで取り上げられていてな...。だ、誰かが勝手にしでかしたことなんだ!」
「い、いったい誰がこんなことを...!?」
 今日子は狼狽しながら困惑する。
 同じ事務所内に、香稟を陥れようとする人物がいるのかと、彼女の脳裏に、そんな認めたくない思いがよぎっていた。
「この事務所のFAXから送られたのは間違いない...。送信時刻から推測すると、あの日の朝9時頃、その時間じゃ、わしもおまえも、それに香稟もここにはいなかったはずだ。あの日の朝、この事務所にいた者が行ったと考えて間違いないだろう。」
「その日、誰がここに?」
「スケジュール表を見る限りは、受付の女性社員が一人、それに経理係で二人。あとは、九埼まりみのマネージャー担当の薙沢の計四人だ。」
「......。」
 今日子は、今後の対応について社長と話し合い、静けさが戻った社長室を後にした。
 彼女はその足で控え室へと向かった。なぜなら、控え室で休んでいる香稟を自宅まで送るためであった。
「...香稟。」
「あ、今日子さん...。」
「行きましょ。」
「...はい。」
 香稟と新羅を乗せた社用車は、香稟の住むマンション目指して突き進む。
 重苦しい空気が車内を埋め尽くし、二人の胸を気が狂いそうなほど締め付けてくる。
 香稟も新羅も、まったく顔を合わせることなく、ただ押し黙ったままだった。
 社用車は、香稟の自宅へと辿り着いた。
『カチャ...』
 ドアを開けて、ゆっくりと車外へ出た香稟。
「香稟、おやすみなさい...。」
「おやすみなさい、今日子さん...。」
「香稟。この件に関しては、そんなに気に病まないで。わたしが何とか解決するから。」
 香稟は振り向かない。
「...はい。すいません...。」
 彼女は暗闇の中に佇むマンションへと消えていった。

* ◇ *
 次の日の夜のこと。
 唐草潤太は夕食を済ませたあと、自宅の自室にこもりっきりだった。
 彼は激しいほど苦悩していた。
 夢百合香稟の交際事実肯定...。彼の頭の中は、その卑劣なほど悲しい現実にさいなまれていた。
「ふぅ...。」
 机の上にあるスケッチブック。そこには、下書きだけが終わった風景画が描かれていた。
「あああ〜、くそっ!!」
 潤太は絵筆を床に投げつけた。
 白いプラスチック製のパレットには、スケッチブックに描かれた風景を彩るための、数種類の絵の具が塗られていた。しかし、そのパレットに絵筆が付けられた痕跡はない。
 心理的にも精神的にも悩んでいた彼は、色づけをすることができなくなっていたようだ。
「......。」
 彼はベッドの上へとなだれ込んでいた。
「まいったなぁ...。これじゃあ、絵に集中できやしないよ...。」
 彼は目を閉じたまま考えた。どうして集中できないのか?どうしてやる気が湧かないのかを...。
「もう、ボクには関係ないんだ...。彼女には、彼女にふさわしい相手がいるんだもんな。ボクにとっては、少しでも楽しい思い出ができただけでも...。」
 楽しい時間を一緒に過ごしたあの彼女の姿を、潤太は心の中から消し去ろうとする。もう彼は、香稟のことを忘れるしかなかったのだ。
「潤太〜、電話よぉ〜!」
 自宅の一階から、甲高い母親の声が鳴り響いた。
「あ、はーい。」
 潤太は重たい足取りで、一階にある電話機の元へと向かった。
「ほら、あの女の子みたいよ。よかったわね〜。」
「......。」
 冷やかす母親など見向きもしない潤太は、そっと受話器を耳にあてがった。
「もしもし...?」
「...潤太クン。ゴ、ゴメンね、こんな遅くに。」
「...いいよ、それより何か用かな?」
「あ、うん...。あ、あのね、その...。」
 言いたいことが言えない香稟のもどかしさが、受話器を通じて、潤太に苛立たしく伝わる。
「ボクさ、今ちょっと取り込んでるんだ。もしだったら、またにしてくれないかな?」
 潤太は冷めた口調で言い放つ。それは、彼女にとって凍える吹雪のように痛々しい。
「あ、もう少しだけ待って。あのね、今週のどこかで会ってくれないかな?」
「...会ってどうするの?」
「え?」
 彼女は唖然として言葉を失った。
「ボクに、この前の報道のことを弁解する気なのかな?あのさ、もういいよ。」
「待って!あ、あれは、あたしのしたことじゃないの!事務所の誰かがあたしを陥れようとして...。」
「もういいよ!」
 潤太は怒鳴り口調で叫んだ。彼はその時、自分とは思えないほど感情が高ぶっていた。
「もう、キミのことで振り回されたくないんだ!これ以上、辛い思いはしたくないんだ!だから、だからもう...。もう何も言わなくてもいいよ...。」
「潤太クン...。」
「ボクのこと、しばらく放っておいてくれないかな?自分のこと、もっと冷静になって考えたいんだ。ゴメン...。」
『カチャン...!』
 一方的に電話を切った潤太。
 彼は置いた受話器を握りながら、悔しい涙をにじませていた。
 そして...。事の真相すら信じてもらえなかった香稟は、切られた電話の受話器を持ったまま立ちつくしていた。
「...あたし、どうしたらいいの?どうしたら、信じてもらえるの...?」
 彼女は、その場にひざまづいて泣き出した。その涙は、せつない色の川となって、彼女の部屋を濡らしていった...。

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