小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第7話 〜 限りない愛の決意(2)

 翌日、夢百合香稟は、前日の潤太とのことでショックを抱えながらも、その日の仕事を予定通りにこなしていた。
 香稟とマネージャーの新羅今日子は、ラジオ番組の収録を終えて、社用車で事務所へ戻る最中だった。
 社用車の運転手は困った顔でつぶやく。
「まいりましたね。あのマスコミのしつこさは。」
「仕方がないわ。あれが、あの人達の仕事だもの。ほとぼりが冷めるまでは、わたし達から動かない方が無難よ。」
 新羅は溜め息交じりでつぶやいた。
「...でも、誰なんですかね。例のFAXをマスコミに流したの。だって、事務所の人間なのは間違いないんでしょ?」
「ええ...。」
 香稟はうつむいたまま黙っている。
 彼女にしてみれば、同じ事務所の関係者がFAXを流したと思いたくはなかった。仲間と慕っている誰かに嫌がらせをされたことに、彼女は深いショックを受けていたのだ。
「...でも、見当は付いてるわ。」
「え!?」
 新羅の一言に、香稟と運転手はドキっとした。
「マ、マジすか、それぇ?」
「ええ。今日、その真相を問いただすつもりよ。」
「...!」
 香稟の心は激しく動揺している。
 その人物が誰なのか...!?彼女は知りたくない気持ちを抑えつつ、真実が明らかになるべく事務所へと向かっていった。


『コンコン...』
「はい、どうぞ...。」
 ここは「新羅プロダクション」のミーティングルームである。
「あ、新羅さん...。」
「ちょっといいかしら?圭子。」
 ミーティングルームには、女優の九埼まりみのマネージャーを務める薙沢圭子がいた。
 彼女は、九埼まりみのシステム手帳に、何やら書き込みをしている最中だった。
 そんな彼女の元へ、新羅と香稟の二人は歩み寄った。
「どうしたんですか?新羅さんに香稟ちゃん。」
「あなたにね、ちょっと聞きたいことがあるの。」
「はい?な、何ですか...?」
 新羅は単刀直入に、その質問をスパッと口にする。
「正直に答えて。香稟の交際肯定のFAX、マスコミ各社に流したの。あれ、あなたでしょ?」
「は!?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔の薙沢。
「とぼけても無駄よ。あなた以外に、あのFAXを送付できた人はいないのよ。」
 確信を持ったような口調の新羅。
 しかし薙沢は、まるで何のことと言わんばかりに反論する。
「ちょっと待って下さいよ。どうして、わたしがそんなことを?第一、わたしにそんなことをして、何のメリットがあるって言うんです?」
「確かにあなたにはメリットはないでしょうね...。だけど、まりみにはあったんじゃなくて?」
「...!」
 突如、薙沢は顔色を曇らせる。
 彼女の態度を伺いながら、新羅はさらに追求していく。
「まりみにとって、香稟の存在は邪魔に他ならなかった。以前から彼女、香稟に対して辛く当たってたしね。自分の方が先輩なのに、年下の香稟の方が人気があることに嫉妬していた。わたしがそのことに気付いていなかったとでも?」
「......。」
 険しい表情で口ごもる薙沢。
 新羅は探偵気取りで、この事件の真相を打ち明ける。
「まりみは、香稟のスキャンダルをきっかけに、香稟を徹底的に陥れる作戦を思いついた。彼女は、ワープロで作成した文章をあなたに手渡し、その紙をマスコミ各社へ送付しろと命令した。あなたは逆らうことができず、引き受けるしかなかった...。どう?ここまでの推理間違ってる?」
「...新羅さん、勝手に推理するのは構いませんけど。それって、あくまでも憶測ですよね。わたしが送付したという物的証拠はあるんですか?」
 容疑を否認する薙沢に、新羅はハンドバッグから取り出した紙切れを差し出した。
「何ですか、これ?」
「よく見てみて。これ、システム手帳の切れ端よね?この紙の柄って、今あなたが握ってるシステム手帳と同じ柄じゃない?」
「...!」
 薙沢は動揺のあまり顔面蒼白と化した。
「そう。これはまりみのシステム手帳の切れ端よ。彼女、あなたにFAXを送る命令を、システム手帳を利用して行ったようね。電話や、口答でのやり取りだと、誰かに気付かれる可能性があったはず。だから彼女は、いつものあなた達の連絡のやり取りを利用したのよ。」
「......。」
 新羅はさらに謎解きを続ける。
「あなた達は常に、そのシステム手帳でお互いのスケジュールの確認をしていたのよね。FAXを送る内容を確認したあなたは、証拠を隠滅しようと、システム手帳のその部分だけを破り捨てた。だけど、細かくちぎったせいか、この紙切れだけがゴミ箱に入らなかったみたい。」
 システム手帳を隠すように手で覆う薙沢。彼女は視点が定まらず、新羅と目を合わせることができない。
「運が悪かったわね、圭子。その紙切れにはね、はっきりと書いてあったの。あなたが送ったという証拠がね。」
「え...!?」
 その紙切れには、黒い文字が記されていた。
 “FAX→××出版社 → ○○テレビ”
「あっ!」
「ね?慌ててちぎったみたいだから、あなたはどこまで細かく破いたか確かめなかったようね。だから、そんな証拠を残しちゃったのよ。」
「......。」
「あとね、この事務所のFAXの送信履歴を辿ったわ。その紙切れに書いてある通りの順番でFAXが送られていた。つまり、例のFAXを送付できたのは、そのシステム手帳を管理できるまりみ本人か、マネージャーであるあなた以外には考えられない、というわけよ。」
「......。」
 薙沢はもう逃れられずただ押し黙っていた。
 目を閉じたまま、否定も肯定もしないといった感じで、彼女は黙秘権を貫き通していた。
「その様子だと、どうやらわたしの推理は間違ってないみたいね。やっぱり犯人はまりみなのね。」
「そ、そんな、まりみさんが...。」
 香稟はショックのあまり、青ざめた顔でささやいた。
「ねぇ、圭子。黙っていたって何にもならないわ。お願い、正直に答えて。あなたが、まりみに命令されてやったことなんでしょう?」
『カチャ!』
 突然、ミーティングルームのドアが開かれた。
 そのドアの側に立っていたのは、渦中の九埼まりみ本人だった。
「ま、まりみ...!」
「新羅さん、あなたのご推測通りよ。あのFAXを圭子に流すよう指示したのは、紛れもなくこのあたしよ。」
「そ、そんな...!」
 香稟はその真実に愕然とした。
 九埼はクスッと笑みを浮かべて、怯えている香稟を見据えた。
「あら、意外そうな顔してるわね。あなたには、すぐ悟られると思ってたのに...。」
 九埼は開き直ったように、事の真相をすべて明らかにする。
「単純なことよ。あたしにとって、香稟は邪魔者なだけ。この子がいなきゃ、このあたしが事務所で一番のスーパースターになるはずだったんだからね。だけど、ドイツもコイツも、香稟、香稟って騒いじゃってさ。ハッキリ言ってしゃくに触ったわよ!」
 香稟の怯えはさらに激しくなった。
「まりみ!たとえ、理由がどうであろうと、あなたのしでかしたことは許されないわ!」
 声を荒げる新羅を、九埼はギロッとにらみつけた。
「フン、調子のいいこと言わないでよ!あんたにそんなこと言われる筋合いはないわ。あんたが昔、アイドルだった頃のスキャンダル、みんな知ってんのよ、あたし。」
「そ、それ、どういう意味よ!?」
「フフフ、あたしね、連章琢巳と付き合ってるのよ。1年ぐらい前からね。」
「何ですって!?」
 新羅の表情が一瞬でこわばる。
 新羅と連章の忌まわしい過去を知っていた香稟も、九埼の邪悪な笑みに背筋が凍りついた。
「FAXのことだけど、真相を公表しても構わないわよ。だけど、その真実をどれだけの人が信用するかしらね?フフフ...。」
「...まりみ。あなた、ここまでやったのなら、それなりの覚悟はあるんでしょうね?」
「ええ。この話、あんたの父上にでも報告したら?あたしの処分はどうぞお好きなように...。」
 九埼はほくそ笑みながら、ミーティングルームを出ていった。
 それを見ていた新羅は、彼女の計算尽くめの策略にショックを隠しきれない。
 香稟も、九埼まりみの仕業と知ったことに、肩を落として立ちつくしている。
 マネージャーの薙沢は、この事件の罪の大きさに反省してか、テーブルの上で大泣きしている。
 芸能界で生き残るためにはどうすべきか?いかなる手段を使おうとも、一番を極めなければ意味がない。たとえそれが、いかに卑劣な行為であっても...。
 香稟の頭の中に、信じたくない辛い現実が傷跡のように焼き付いていた。

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