小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第8話 〜 忘れかけていた夢(2)

 ここは唐草潤太の自宅。
 この日の夕食を済ませた潤太は、自室でラジオを聴きながら、軽やかな気分で絵画に没頭していた。
「フフフ〜ン。」
 彼は鼻歌交じりで机に向かっている。
『コンコン!』
「あ、開いてるよぉ。」
 彼の部屋へ入ってきたのは、彼の弟の拳太であった。
 拳太は部屋へ入るなり、兄の背中をにらみつけていた。
「ん?どうした拳太、何か用か?」
「...最近さ。兄貴、香稟ちゃんと随分仲良くなってないか?」
「...えっ!」
 唐突なその問いかけに、内心ドキッとした潤太。彼は、拳太が夢百合香稟の根っからのファンなのを知っていた。
 拳太の鋭い視線が、ひた隠しにする潤太の心へと突き刺さる。
「そ、そうかな?ま、前と変わらないと思うけど...。」
「いや、それは違う!昔だったら、香稟ちゃんからの電話をオレが受けると、ちょっとした世間話をしてくれたのに、今じゃ、まともに会話もしてくれないで、すぐに潤太クンに代わってくれって...。」
 悔しさからか、溢れる涙を拭い始めた拳太。
 いきなり泣き顔をする弟を、潤太は慌ててなだめる。
「お、おい、泣くなって。それは、おまえの気のせいだからさ。」
「うるさーい!クソ兄貴ぃ!オレの香稟ちゃんに何てことしやがったんだぁ!?」
「ボクは変質者じゃないんだからさ、何もしてないって。」
 香稟のこととなると、拳太の目は必死そのものである。
 ついに拳太は、潤太のすぐ側まで駆け寄り、彼の胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。
「やかましい!どう見たって、香稟ちゃんの態度はおかしいじゃないかぁ?兄貴が何かしたとしか思えないんだよぉ!」
「け、拳太、お、おお、落ち着いてくれ...!」
 拳太は、ガックリしながら頭を垂らしていた。彼の手は、ゆっくりと潤太から離れていく。
 ブルブルと、拳太の体は小刻みに震えていた。
「なぁ、兄貴ぃ。正直に言ってくれよ...。香稟ちゃんと、どうなってるのか。オレ達、二人きりの兄弟だろ?なぁ、ホントのこと言ってくれよぉ...。」
 拳太の落ち込む声は、重りのように潤太の体に沈殿していく。
 その声に押し出されるように、潤太の堅い口はそっと開かれた。
「...ボク達はお付き合いしてる。二週間ぐらい前からな。」
「はぁ、やっぱりか...。ちくしょー、兄貴のくせに、やってくれるじゃんか!」
 拳太はスッと顔を上げた。彼の表情は、やけに明るい笑みに包まれていた。
「拳太、おまえ...。」
「でも驚くよなぁ。こんな冴えない男なんか。香稟ちゃん、何でこんな男に惚れたんだろ?まぁ、世の中にゃ、不思議なことってたくさんあるからな、ハハハ。」
「うるさいな。悪かったな、冴えない男で。ハハ、ハハハ。」
 潤太も、拳太の笑顔につられたのか、なぜか笑い出してしまっていた。
 潤太はこの時、自分に向けられた笑顔こそが、目の前の弟からのはなむけの言葉だったのだろうと、そう思わずにはいられなかった。
『コンコン』
 ドアをノックする音に、二人の笑いが止まった。
「あ、なーに?」
「あ、潤太!香稟ちゃんが来たわよぉ!」
「え?こ、こんな時間に...!?」
 潤太と拳太の二人は、香稟の突然の来訪に首を傾げるのだった。


 潤太は、香稟に誘われるがまま、近所の公園まで付き合わされていた。
 人の気配のない公園へと辿り着くなり、彼女は眉をつり上げて、潤太の方へ振り向いた。
「潤太クン、聞いてよ。あたしもう、どうしていいのかわかんないよぉ。」
「は!?いきなりだね。何があったの?」
 二人は公園内のブランコへと腰掛けた。
「あのね、ついさっきだけど、マネージャーに言われたの、新しい仕事の話。」
「新しい仕事?へぇ、よかったじゃない。」
 潤太をギロッとにらみつけた香稟。
「それがよくないの!ぜーんぜん、よくないのよぉ!」
「そ、そうなの?な、何なの、その新しい仕事って...?」
「水着写真集の撮影よ...。」
「...水着写真集?」
 意外な答えに、キョトンとした顔の潤太。
「あたしね、事務所と契約手続きをした時に、条件として、事務所側と一つだけ約束を交わしたの。それがね、肌を露出したお仕事はしないことだったのよ。」
「どうしてそんな約束を?」
「あたし、肌にちょっとだけコンプレックスがあってね。それが恥ずかしくて、人前で水着になるなんて、そんなの絶対イヤなの。」
 彼女の言い分がわからなくもない潤太。しかし彼は、香稟のアイドルという立場に疑問を抱く。
「で、でもさ、アイドルだったら、水着とかは仕方がないんじゃない?それに、そんなに嫌ってたら、海やプールで遊んだりできないんじゃないかな?」
「仕方なくないよ!それに、海は水着じゃなくても遊べるもん!プールはそうもいかないけどさ...。」
 彼女は水着になることに、かなりの抵抗感を抱いているようだ。
「...それはいいとしてさ、どうしてこんなことになっちゃったの?だって、これは契約違反になるわけだよね?」
 香稟は、いたたまれない複雑な心境を口にする。
「仕方がないの...。あたしの事務所、今、経営が悪化してるらしいから。このままじゃ破産しちゃうかも知れないって...。」
「ホ、ホントにかい!?」
「...うん。だから、そのピンチを脱出する要員として、このあたしに白羽の矢がたってしまったというわけ。」
「なるほどね...。大変な目に遭ってるんだね。」
「...そういうこと。」
 香稟は思いあまって、潤太に無理難題を吹っかける。
「潤太クン、あたし、どうしたらいいのかな?」
「えっ?え、え〜とぉ...。そうだなぁ。う〜んとね〜。」
 いい答えなどあるはずもなく、ただ動揺しまくる潤太。
「そんなの、わかんないよね。あたしが、自分で決めなきゃだもんね。」
「ゴメンね...。」
 彼女は、ブランコから勢いよく立ち上がった。
「あたし、もう少し考えてみるね。そして、ちゃんと答えを出すよ。アイドルとして、自分にとって後悔しない答えを。」
「ボクはハッキリ言っていい答え出せないけど。でも、ボクはキミを応援するから。いつでも、どんな時でもね。」
「ありがとう、潤太クン。よかった、あなたと話せて。何だか気持ちがホッとしたわ。」
「いつでも相談してよ。ボクにできることなら、何でもするからさ。」
 二人は手を取り合い、薄暗い公園を後にした。


 駅から電車へ乗り込んだ香稟は、一人寂しく車窓から闇夜を眺めている。
 彼女の頭の中には、アイドルとして積み重ねてきたさまざまな出来事が思い出されていた。楽しかったことも、そして悲しかったことも。
 これからの自分に戸惑う思いは、彼女の心をせつなく、辛く締め付けている。
「もう、そろそろ...。なのかな。」
 果たして、彼女の出す答えとはいったい...?

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