小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第8話 〜 忘れかけていた夢(3)

 次の日の夕刻。
 潤太は、腐れ縁の友人である色沼と浜柄と共に、学校帰りの寄り道へと洒落込んでいた。
 特に用事などなかったが、三人にとってこの行為は、いわゆる一つの暇つぶしのようなものであった。
「おい、浜柄!あれ見ろよ!」
「ん、何だよ?」
 色沼が何かを凝視しながら、浜柄の腕を掴んで叫んだ。
「おお...。いいじゃんいいじゃん!」
 それを目にして、浮ついた声を上げた浜柄。
 二人の視線の先には、彼らが通う学校とは違う制服を着た女子高生がいる。
「中でもさ、あの真ん中の子いいと思わないか?」
「そうか?オレは向かって右側の方がいいと思うけどなぁ。」
 相変わらず下らない話で盛り上がってやがる...。一緒にいた潤太は、心の中でそうつぶやいていた。
「おまえらいい加減にしたら?もう少しさ、将来とか人生について考え直した方がいいんじゃないの?」
 色沼と浜柄の二人は、冷ややかな視線を潤太に飛ばした。
「おまえ、メチャクチャじじくさいよ。」
「その歳で未だに絵描いてるおまえに言われたくないぜ。」
 潤太は憤りながら突っ込み返す。
「その歳って、べ、別にボクの絵は幼稚なものじゃない!」
「おまえはね、ハッキリ言って暗いのよ。机に向かって絵ばっか描いてるから、いつまでたっても女が寄りつかないんだよ。」
 二人のあまりの言いぐさに、潤太の頭はカッとなってしまった。
「そ、そんなことないさ!だ、だってボクには、か...!」
「ん!?」
 つい勢いあまって、香稟の名を口に出しそうになった潤太。
 彼は慌ててごまかす。
「か、かか、絵画があれば...。そ、それでいいのだ...。ハハ、ハハハ...。」
「何だコイツは...?」
 互いに顔を見合わせて、色沼と浜柄は首を傾げていた。
 そんな二人を置いて、潤太は空笑いしたまま道のりをまっすぐ歩き始めた。
「あれ?」
 ある一点を見て立ち止まった潤太。
「どうかしたか?」
「あそこ、ほら。人だかりが...。」
「お、ホントだ。行ってみようぜ。」
 三人は小走りで、輪になって集まる人混みへと進んだ。
「ごうが〜い、ごうがいだよぉ!」
 どうやらそこでは、新聞屋が路上で号外を配っていたようだ。
 三人の代表の色沼が、配られている号外のチラシを受け取った。
「えーと、何々...?」
 色沼の手にする号外を覗き込んだ潤太と浜柄。
「!!」
 それは、この三人にとって驚くべき大スクープであった。
「ゆ、夢百合香稟、引退表明だとぉぉ!?」
「お、おい、マジかよっ!?」
「...!」
 予想もしない事態に、潤太は唖然としている。
 まさか、あの時話していた答えがこんな形で公表されるとは、彼自身思いもしなかった。
 それよりも驚いたのは、一人のアイドルの引退表明だけで号外が出ることだ。それだけ彼女は、国民的アイドルと言っても過言ではなかったのだろう。
 潤太の周りにいる一般人達は、悪態つくように口を揃えている。
「しっかしどうなってんだ?恋愛騒動の次は引退騒ぎ...。最近の彼女どうかしちまったんじゃないか!?」
「これさ、よくあるアレじゃないか?」
「アレ?何だよアレって?」
「恋に焦がれて何とやらってヤツさ。きっと香稟は、引退後結婚かなんかする気なんだろ?」
「おいおい、香稟はまだ17歳だぞ。相手はまさか、連章琢巳だっていうのか?」
「そこまでは知らないけどさ、可能性はあるってことだよ。」
 少なくとも真相を知る潤太にしてみたら、この報道は決して穏やかなものではなかった。
「ゴメン。ボク、用事思い出したからもう帰るよ。」
「え、お、おい!?」
 潤太は猛スピードで、人だかりをかき分けながら走り去っていった。

* ◇ *
「どーなっとるんだぁ、これはぁ!?」
 その日の夜、「新羅プロダクション」の社長室では、部屋を壊さんばかりの大声がこだました。
 ひたすら怒鳴り続ける社長の前で、香稟のマネージャーの新羅はひたすら頭を下げていた。
「事務所の前にマスコミが駆けつけとるんだぞっ!おい、今日子!これはどういうことだ!?」
「も、申し訳ありません!今、社員たちが追い返してるところです!」
「肝心の香稟のヤツはどこにいる!?今日はどういうスケジュールなんだ!?」
「明日の午前までオフなんです。さっき家に電話を掛けたら留守番電話でした。」
 社長は頭を抱えて、苦悩に満ちた声を上げる。
「香稟のヤツ、公衆の面前でいきなり引退したいなどと抜かしおって〜!やっと例の一件が落ち着いたところだったのにぃ〜!」
「すみません、すべてわたしの責任です...。」
「今更反省してもしょうがないだろ?おまえがすることはただ一つ!アイツを見つけだしてここまで連れてくることだ!」
「かしこまりました...。」
 新羅は苦悩の表情で、大急ぎで社長室を出ていく。
 事務所の駐車場から社用車を飛ばし、彼女は一路、香稟の住むマンションへと向かった。
「...しかし大変なことになりましたねぇ。あの香稟ちゃんが、テレビで引退したいなんて言うんだもんなぁ。」
 社用車の運転手はつぶやいた。
 後部座席にいる新羅は、顔を両手で覆い隠していた。
「うかつだったわ...。新しい仕事の話をした時も不安がよぎったけど、彼女、それなりの覚悟はしていたようね...。」
「何スか?その新しい仕事って?」
「水着写真集よ。彼女の今までのイメージをガラッと変えて、新しいファン層を開拓しようとした社長の考案なのよ。」
「あれ?でも香稟ちゃんは確か、水着はいっさいやらないって言ってましたよね?なのになぜです!?」
「......。」
 真意を打ち明けられず、口を詰まらせた新羅。
「...とにかく急いで、早乙女クン!多分、香稟はマンションにいるはずだわ。」
「わ、わかりましたぁ!」
 二人を乗せた社用車は、暗闇に包まれた東京の街を飛ばしていった。

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