小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第9話 〜 そして二人は永遠に(1)

 唐草潤太の自宅に一通の封書が届いた。
 その封書の中には、一枚のコンサートチケットと、三行ほどの文字が綴られた便箋が同封されていた。
 その封書の中身を確かめる潤太は、手にしたコンサートチケットに目を向けた。
 “夢百合香稟 スーパーライブ 場所:東京ドーム 開演:18時30分〜...”
 そのチケットは、夢百合香稟の初コンサートの入場チケットであった。
 潤太は、チケットと一緒に同封されていた便箋を読んでみた。
「お久しぶりです。あたしのファーストコンサートのチケットを贈ります。都合がよければ、ぜひとも会場に来てください。その時、あたしの将来について、ファンのみんなの前で告白するつもりです。それでは、期待して待っています。由里より」
 歯切れの悪かったあの電話以降、潤太と香稟はまったくの音信不通の状態だった。
 何の前触れもなく突然に届いた封書。潤太は複雑な心境のまま、手にしたコンサートチケットを見つめていた。


 芸能界を騒然とさせた夢百合香稟の引退表明。
 あの衝撃的な告白から、この一連の報道に大きな進展はなかった。
 引退を覆すこともなく、また芸能界から姿を消したわけでもない。
 誰もが引退表明に薄らぎ始めていた矢先に、この初コンサート開催の発表が行われたのだ。
 果たしてこの意図とはいったい...!?

* ◇ *
 ここは、夢百合香稟の所属する「新羅プロダクション」の社長室である。
 ここには、落ち着かない面もちの社長と、困惑めいた顔の新羅今日子がいる。
 二人は囁くような小さい声で何やら話し込んでいた。
「...で、香稟のヤツはどこにいる?」
「自宅のマンションにいます。今、早乙女クンが部屋の前で監視してますから、どこかへ逃げ出すことはないかと。」
「そうか。で、例の件の状況はどうなんだ?」
「今のところ好調です。何せ、彼女の初めてのコンサートですからね。」
 社長は不機嫌そうに、鼻息を荒くして怒鳴る。
「フン、何が初めてのコンサートだっ!マスコミじゃな、アイツの最初で最後のライブとほざいとる!」
「それは仕方がありませんよ。事務所側からの引退表明、発表も撤回もまだ正式にしていませんから。」
「ここで下手に動けば、ますます香稟を追い込むことになる。とにかく穏便に事を進めるんだ。チケットの方もはけてるとあれば、香稟のヤツもホイホイとボイコットなんぞできんだろうしな。」
「......。」
 今日子の表情は、これまで以上に険しかった。
「どうした今日子?何か問題でもあるのか?」
「...いいえ。ただ。」
「ただ、何だ?」
「...もう少し、彼女の気持ちを理解できていたらと思うと。わたしがもっと、香稟のことをわかってあげていれば、こんなことにはならなかったと...。」
 社長は厳しい口調で言い返す。
「いまさら何を言ってる!こんなことになったのは、アイツのワガママと、おまえの管理責任としか言えんだろうがっ!」
「...申し訳ありません。」
「だいたいな、香稟のヤツは芸能界をなめきっとる。あんなスキャンダル起こしておきながら、仕事を選ぶなんて生意気なことしおって。冗談じゃ済まんぞ、まったく!」
 今日子は、心の奥に秘めていた香稟への心遣いを見せる。
「でも、あの子は一生懸命にやってきました。右も左もわからないこの世界で、数ある仕事を必死になって成し遂げていきました。今までいろいろな困難にぶつかったでしょう。だけどあの子、弱音を言わずにここまでやって来たんです。だから、少しはあの子の気持ちもわかってあげないと...。」
 マネージャーの言い分など聞く耳持たず、社長はさらに目くじらを立てる。
「気持ちをわかってあげろだとぉ?そんなこといちいち気にしていたらな、芸能界ではやっていけないんだ。スポンサーや、番組プロデューサーといったお偉いさんに好感を持ってもらえなければ、この業界で生きていくことはできん。そのためにもな、香稟は言われた仕事だけをやっていればそれでよかったんだ!」
 今日子の表情が、見る見るうちに紅潮していく。
「いい加減にして、父さん!!」
 今日子は身震いしながら、目の前の父親を激しくにらみつけた。
「昔から父さんはいつもそうだった...。わたしがアイドルだった頃から、いつもこの世界でやっていけないとか、生きていけないとか...。もうそんなの聞き飽きたわ!」
「お、おまえ、社長のわしにたてつく気か!?」
「黙って聞いて!!」
 感情を高ぶらせる今日子を前に、社長は思わず縮こまってしまった。
「わたしも、香稟と同じような思いを抱いたことがあるわ。自分の名を売るために、わたしは父さんに言われた通りにやって来た。だけど、そこにある現実は、空しくて、せつなくて、何よりも悲しかった...。事務所を救うために、そして父さんを助けるために、わたしは自分の手までも汚したのよ...!」
「ぐっ...。」
 今日子をまともに見ることができず、押し黙ってしまった社長。
「ねぇ、父さん。香稟にも、わたしと同じ目に合わせる気なの?あの子はまだ17歳なのよ?確かに、芸能人としての自覚が足りないのはわかる。だけど、あの子にこれ以上辛い思いをさせたくないわっ!」
 今日子の嘆きは、香稟の今の気持ちをそのまま表していたようだ。
 実の娘の忌々しい過去を知る社長、いや彼女の父親は、娘の悲痛な胸の内に何も言い返せなかった。
 社長はうなだれながら弱々しく口を開く。
「...どうすればいいんだ?我が社はどうなるんだ?」
「待ちましょう。彼女がアイドルとして戻ってくることを。もし、このコンサートが、彼女にとって引退コンサートになったとしても、もう彼女を止めたりしない...。これからの彼女の人生は、わたし達じゃなく、彼女自身で決めてもらいましょうよ。」
 社長はもう反論することなく、今日子に背中を向けていた。
「...わかった。アイツのことはすべておまえに任せた。勝手にしろ。」
「ありがとうございます。」
 今日子は、社長の後ろ姿に深々と頭を下げた。
 遠くを見つめて、彼女は心の中で祈った。
「香稟、お願い。夢をこのまま終わらせないで...。」
 香稟の初コンサートまで、残り1週間を切っていた。

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