小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第9話 〜 そして二人は永遠に(2)

「おい、取れたか?夢百合香稟のチケット!」
「いや、残念ながらダメだった。もう完売だってさ。」
「ちくしょ〜。せっかくの彼女の引退コンサートなのによぉ。行きてぇよなぁ。」
 潤太の通う学校、彼のクラス内でも、夢百合香稟の初コンサートの話題で沸き上がっていた。
 そんな中、潤太は机に肘を付きながら、絵画になりそうな外の景色を眺めていた。
「よっ!」
 潤太に話しかけたのは、お馴染みの彼の友人である色沼であった。
「ここ最近、元気ないじゃないか?やっぱり、隣にカワイコちゃんがいないからじゃないのかな?」
「...そんなんじゃないよ。」
 のれんに腕押しとはまさにこのことで、今の潤太に声を掛けても、無気力な返事ばかりが返ってくる。
『ドタドタドタ...!!』
 窓際の二人に近づくやかましい足音。その足音はどんどん大きくなっていく。
「あれ、浜柄のヤツじゃん。」
 その足音の主である浜柄は、息を切らせて二人の元へとやって来た。
「はぁ、はぁ...。お、おお、おい!ちょ、ちょっと付き合えよ、二人とも。」
「ん?どうかしたのか?」
「いいから黙って付いてこいって!」
「...?」
 色沼と潤太の二人は、渋々浜柄の後に付いていった。


 男三人は物静かな屋上へとやって来た。
「で、何だよ?こんなとこまで連れてきてさっ!」
「へっへっへー!」
 いきなり怪しげな笑みを浮かべる浜柄。
 その異様な様に、色沼と潤太は思わずのけぞった。
「これを見よ!」
「?」
 浜柄の手に握られた紙きれに、色沼と潤太の二人は視線を合わせる。
「お、おい、これまさか...!」
「わっはっは、その通りさ!これこそ、スーパーゴールデンプレミアムチケット!あの夢百合香稟のコンサートチケットじゃあぁ!どうだぁ、頭が高ーい、控えろぉ!!」
「へへぇぇ〜!!」
 色沼はひれ伏すように、光り輝くコンサートチケットの前に土下座してしまった。これではまるで、水戸黄門のクライマックスのようである。
「だ、だけどおまえ。そ、それどうやって手に入れたんだ?今じゃ、どうやっても入手できないチケットなんだぞ。」
 浜柄は誇らしげに、手に持つチケットを見せびらかす。
「いやぁ、オレって運がいいよ。実は渋谷のチケット売り場でさ、期待もしない福引きをやったんだよ。そうしたらさ、なんと1等賞!で、その景品がこのチケットだったというわけさ。」
「...おまえ、意外なところで運がいいな。普段はバカと呼ばれるほど運に見放されてるくせによ...。」
「おいおい色沼クン!話は最後まで聞いてくれ。ほれ、これを見てみな!」
「ん!?」
 フリフリと揺すられたチケットは、なんと一枚ではなかったのだ。
「えっ!?ま、まさか二枚あるのか?」
「ピンポ〜ン!」
 色沼は、襲い掛かるように浜柄の体にしがみついた。
「くれぇ、くれぇ、くれよぉ!!」
「わわっ!抱きつくんじゃねぇー!気持ちわりぃだろうが!」
「なぁ、頼むよぉ。二枚あるならいいじゃんよぉ。」
「落ち着け!とにかく離れろぉ!」
 浜柄は無理やり、抱きつく色沼を引き剥がした。
「何のために潤太を連れてきたと思ってんだ?もう一枚はオークションにかける!」
「オークション!?」
「そう!つまり、おまえらが順番に購入金額を上乗せしていくんだ。最終的に高い金額を提示した者が落札となる。どうだ、最高のルールだろ?」
 色沼はしろ〜い視線を飛ばす。
「おまえ、めちゃめちゃセコイぞ...。もらいもんをオークションにかけるなんて。」
「うるせぇ!こんなとっておきの小遣い稼ぎをオレが見逃すと思ってんのか?よし、一枚定価の6,800円からスタートだ!」
 色沼は興奮しながら、人差し指一本を上空に突き立てた。
「オレは6,801円だっ!」
「......。」
 潤太は黙ったまま、二人のやり取りを眺めるだけだった。
「おい、どうした潤太?おまえはいくらだ?」
「...ボクはいらないよ。じゃあ。」
 潤太は冷めきった表情で、呆気にとられる二人の元から立ち去る。
「お、おい!潤太、待ってくれ!おまえが争わなかったら、オークションの意味がないじゃんか!」
「よっしゃあぁ!6,801円で落札したぜぃ!」
「ちくしょぉ〜、上乗せ額、たったの1円かよぉ。とほほ...。」
 下らないことで喜ぶ者、悲しむ者など目もくれず、潤太は一人教室へと戻っていった。

* ◇ *
 その日の放課後、潤太は一人で寄り道していた。
 夕暮れ迫る黄昏時、彼はいつもと変わらない街並みを散策している。
 行き交う人々、追いつき追い越す人々、そのすべてがいつも通りだ。
 潤太は少しだけ足を伸ばそうと、込み合う電車へと乗り込み、自分にとっての思いでの場所までやって来た。
 ここは、雄大な木々が生い茂る代々木公園である。
「......。」
 潤太は立ち止まり、目の前に映る公園の景色を見つめている。
「こんな色、初めてだ...。」
 ふと漏らした独り言。彼の心は、今までにない感動に打ちのめされた。
 落日が織りなす真っ赤な陽射し。
 赤と緑のコントラストに映える木々達。
 木の葉をやさしく揺らす穏やかな風。
 その空間を漂う人々。
 そのすべてが、潤太自身の絵心をかきたてる。
「くそ、スケッチブック持っていればなぁ...。」
 彼は地団駄を踏むように悔しがった。それだけ、彼の目の前に映る景色は、不思議なほど美しかったようだ。
「...こんな時に限って、何でこんないい色が見つかるんだろう。こんなに辛い想いをしてる時に限って...。」
 彼は嘆かわしく、夕暮れ色の代々木公園を後にした。

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