小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第9話 〜 そして二人は永遠に(3)

 潤太が自宅へ戻ると、居間にはすでに夕食の準備が整っていた。
 彼は、母親に言われるがまま、学生服のまま夕食を済ませた。
 自室へと戻った彼は、机の上にあるコンサートチケットを手に取り、まじまじとそのチケットを見つめる。
 彼の表情は、計り知れないせつなさを映していた。
『コンコン』
 彼の部屋を訪ねた人物は、彼の弟の拳太であった。
「兄貴、もうすぐだな。香稟ちゃんのコンサート。」
「あ、ああ。そうだな。」
「チケット、送ってもらったんだろ?」
「ああ。ほら、これだよ。」
 潤太は、手の中にあったコンサートチケットを拳太に差し出した。
「彼女にとって、最初で最後のコンサートか...。」
 チケットを見つめて溜め息をつく拳太。
「もちろん、コンサート見に行くんだろ?」
「......。」
 拳太のその問いに、潤太は肯定も否定もせず黙り込んでいたが、それは突然のことだった。
 潤太はいきなり、拳太からチケットを奪い取ると、何を思ったのか、そのチケットを破り捨てようとしたのだ。
「お、おい兄貴!何する気だぁ!?」
 拳太は飛びかかるように、潤太の腕に掴みかかった。
「それ破っちゃったらおしまいだぞ!」
「もういいんだ。ボクが見届けたところで、彼女の決意が変わるわけじゃないし。それなら、いっそこのまま...。」
 掴まれた手を振りほどこうとする潤太。
「ダメだって!香稟ちゃんがどういう気持ちでこれを送ったのか考えてみろよ!破り捨てちゃったら、そんな香稟ちゃんの想いまで断ち切っちゃうことになるんだぞっ!」
「......。」
 潤太は、必死になって食い止める拳太を前に、チケットを握った手を緩めた。
 潤太は頭を垂らし、激しい脱力感に包まれていた。
「なぁ、兄貴。行けよ、コンサート。行けばさ、これからどうすればいいのか、きっとハッキリすると思う。香稟ちゃんが引退しようがしまいが、それはオレ達の決めることじゃないしさ。それに、どっちにしたってさ、兄貴は彼女が好きなんだろ?」
 ゆっくりと顔を上げた潤太は、真剣な顔の拳太を見つめる。
「今になって逃げるなよ。香凛ちゃんの気持ち、ちゃんと見届けて来いよ。そして彼女のことを受け止めてさ、もう一度、兄貴の想いを伝えればいいじゃないか!」
「...拳太、おまえ。」
「...兄貴。昔、オレがいじめたれた時、確かこう言ったよな?負けて逃げ帰ってくる前に、相手にぶつかって、根性だけでも見せ付けろってさ。あの時オレ、それにすごく励まされたんだ。」
 少し照れくさそうな顔をする拳太。
「絵ばかり描いてる兄貴なんか、頼りにならないってずっとそう思ってたけど...。あんな風にかっこよく言われてさ。オレ、兄貴のことちょっぴり尊敬したんだぜ?」
「...いきなり、そんなこと言われると恥ずかしいじゃないか。それでも、ちょっぴりなんだな...。」
 顔を見合わせて、苦笑する二人。ここには、お互いを励まし合う兄弟らしい姿があったようだ。
「わかったよ。ボク、コンサート行ってくる。おまえが言う通り、彼女の気持ちをこの目で見届けるよ。」
「ああ、オレの分まで聴いて来いよ。彼女の生の歌声をさ。」
「そうだな。せっかくのプレミアムチケットだもんな...。」
 汗でしわくちゃになったチケットを、両手で丁寧に伸ばす潤太。
 自分の気持ちを確かめるように、彼は改めてそのコンサートチケットを見つめていた。
 そして時は、早々と過ぎ去っていく。

* ◇ *
 日曜日。今日はまさに、誰もがのびたくなるほどの快晴であった。
 そして...。今日はファンにとって待望の、夢百合香稟のファーストコンサート当日でもあった。
 午後4時過ぎのこと。
 唐草潤太は身支度を整えて、いざコンサート会場である東京ドームへと向かう。
 彼は、自宅の最寄りの駅から電車へ乗り込む。
 そして、その電車は一路、東京ドームの姿を臨む水道橋駅へと辿り着いた。
 駅周辺は、夢百合香稟の姿を人目見ようと、様々な人々でワイワイガヤガヤと賑わっていた。
 このコンサートが最初で最後になるかも知れないと、ここに集まった人々の頭には、そんな言葉が浮かんでいたのかも知れない。
 潤太は、そんな人々に押されるように、緊張でこわばる足を急がされた。
 遠くに見える東京ドームの広告板が、今日行われるビッグイベントを知らせている。
 “夢百合香稟ファーストコンサート 〜ドリーム・フォー・エバー”
 潤太はそれを見上げながら、東京ドームへ向けて足を進める。
 東京ドーム周辺も、今日という日を待ちわびたファン達でごった返していた。
 明るいオレンジ色のはっぴを着た若者達が、もうじき開く会場入りを心待ちしているようだ。
 潤太はたじろぎつつ、そんなファン達の群れを避けるように歩いていた。
「!」
 そんな彼の目に、会ってはならない人物の姿が映った。
 それは、周辺にいるファン達と一体化しているといっても過言ではない者達だった。
「あと30分ぐらいだな。」
「お、そうだな。それじゃあ、そろそろ正面入口で待機するか?」
「そうだな。」
 東京ドーム正面入口へ向かう二人組。彼らこそ、潤太の友人である色沼と浜柄のコンビであった。
 潤太は、そんな二人に見つからないよう、柱の陰に身を潜めていた。
 こんなところで出会ったら何て言われるか...!
 潤太は息を殺して、二人が行き過ぎるのを待った。
「ふぅ...。」
 見つからずに済んで、ホッと一息つく潤太。
 二人の姿が視界から消える頃、東京ドーム施設内のスピーカーから、コンサート会場への入場受付開始のアナウンスが流れ始めた。
 潤太はそれでも警戒しつつ、正面入口に向かって歩き出した。


 東京ドーム内のある控え室では、今日の主役となる夢百合香稟と、マネージャーの新羅今日子が打ち合わせをしていた。
 いつになく真剣な眼差しで応対する香稟。
 その彼女の表情に、新羅は不安を隠しきれない様子であった。
 打ち合わせも終わり、会場の状況を確認に行こうと部屋を出ていく新羅に、香稟は小さな声で話しかける。
「今日子さん。」
「ん?何、香稟?」
 香稟は笑顔すらない表情を、落ち着きのない新羅にぶつけた。
「あたし、コンサートの終わりの方で、会場に来てくれたみんなに報告します。あたしのこれからの進むべき道を...。」
「......。」
 新羅は無理やり作り笑いを浮かべる。
「そう...。わかったわ。社長には、わたしから伝えておく。来てくれたファンのためにも、その辺ハッキリさせなきゃだものね。」
「はい。」
「それじゃあ会場の方へ行ってくるから、ここで待っててくれる?」
「はい。」
 新羅はそう伝えると、部屋の前で警備しているガードマンに声を掛けて、会場の方へと歩いていった。
 控え室に一人残された香稟。
 彼女は、ハンドバッグから一枚の風景画を取り出し、まじまじとその絵を見つめた。
「...あたしは、やっぱりこうするしかないんだよね。もう自分で決めたことだもん。後悔なんてしないよ...!」

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