小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第2話 〜 ほどけなかった運命の糸(1)

 「新羅プロダクション」。それは、スーパーアイドル夢百合香稟の所属する事務所である。
 従業員数は現在十数名。他の事務所に比べれば、決して多くはない人数だ。数ある芸能事務所の中でも、小レベルな事務所と言える。
 ちょうど今、新羅プロダクションの社長室では、大きな雷鳴が鳴り響いていた。
「このバッカもんがぁ!!おまえは何考えとるんだぁ!?」
 その怒鳴り声を上げるのは、新羅プロダクション社長の新羅恒男である。
 薄めな髪の毛に、裕福さを絵に描いたような小太りの体型。この社長の第一印象は、ざっとこんな感じであろう。
 彼は真っ赤な顔して、フロア中に響かんばかりの怒号をまき散らしている。
 その矛先にいるのは、一時の自由を求めて下界へと舞い降りた、事務所の稼ぎ頭の夢百合香稟だった。彼女はこのたびの脱走劇のことで、激しく叱られていたのだ。
「おい今日子、おまえもおまえだ!何のためにマネージャーをやらせてると思っとるんだ!?」
 うつむく香稟と一緒に怒られているのは、彼女のマネージャーの新羅今日子である。
「申し訳ありません。今後はこのようなことがないよう、細心の注意を払うつもりです...。」
「いいか、よく聞け!今日の不祥事で穴を開けたバラエティー番組はな、ヒット番組をいくつも手がけるプロデューサーが仕切っていた番組だったんだ。その意味わかってるのか?おい、今日子、どうなんだ!?」
「も、もちろんわかってます!こんな失礼なことをした以上、二度と出演依頼の申し出がないかも知れないと、そうおっしゃりたいんでしょ?」
「ああ、そうだ!おまえの不注意のせいだぞ。どう責任を取る気だ?」
「......。」
 社長の口ぶりは、いくら大きな失態だったとはいえ、あまりにも彼女にキツク当たり過ぎているように感じる。
 それはなぜか?彼女こと新羅今日子は、怒鳴りまくるこの社長の実の娘だったからだ。
 香稟は、自分の身勝手のために叱られる今日子を見て、いてもたってもいられなくなった。
「待って下さい、社長!今日子さんは悪くないです。悪いのはみんなあたしです。あたしが...。あたしがすべての責任を負いますから!」
『ドン!!』
 血管がぶち切れるような形相で、社長は握り拳を机に叩き付けた。
「生意気言ってんじゃない!!おまえのような子供に、どう責任を取れるっていうんだ、バカ者が!おまえは黙って反省していろぉ!」
 その大きな声に、身動きできなくなってしまった香稟。彼女の口は、必然的に密閉されていた。
「もういい!今度こういうことがあったら承知しないぞ!わかったか二人とも!?」
 地獄のような説教が終わり、女性二人は社長室から出ていく。
 お互い顔を見合わすこともできず、フロア奥の休憩室へと歩いていた。
 重たい空気が漂う中、最初に口を開いたのは香稟であった。
「今日子さん、ゴメンなさい。あたしの行動が、こんな大問題になるなんて知らなくて...。自分勝手な行動して、本当にゴメンなさい!」
「聞いて香稟。今日のことは、あたしと社長の二人でなんとかするわ。あなたは何の心配もいらない。だから、もう二度とあんな真似はしないと誓って!いいわね?」
「...はい。」
 新羅は、振り向き様に香稟を叱った。しかしそれは、思いやりのある愛情を持った言葉のようでもあった。少なくとも、香稟だけはそう感じていたようだ。
 新羅はたった一人で、早足に休憩室の方へと歩いていった。
 そんなやり取りの直後、立ち止まったまま反省している香稟に、背後から声を掛ける女性がいた。
「聞いたわよ、香稟ちゃん。」
「!」
 香稟の背後には、彼女の先輩である女優の九埼まりみがいた。
 九埼はニヤニヤしながら、香稟の元へと歩み寄ってきた。
「あんた、逃げ出したんだってね。何でも、ゲイノーセイカツに疲れたっていう理由らしいけど...?いいわねぇ、売れっ子さんは。あたしもそういう気分味わってみたいわよねぇ。」
「......。」
 後輩の香稟に、しつこく嫌味をぶつけてくる九埼。香稟は黙ったまま、先輩の嫉妬愚痴をひたすら聞くしかなかった。
「でもさ、あんた、ああやって社長に怒鳴られてもさ、さほど気にしてないんでしょ?だって、どんなミスをしようが、逃げ出そうが、社長があんたを見捨てるわけないもんね。あーあ、スーパーアイドルって、ホント、うらやましいですこと。フン!」
 九埼は、凍りつく視線を香稟に浴びせながら、その場から離れていった。
 その時の香稟は、ただ悔しい涙を浮かべて、その場に立ちつくすだけであった。

 * ◇ *
 次の日の朝のこと。
 アイドルとのまさかのデートを、知らないままに体験していた唐草潤太は、いつも通りに学校へとやって来ていた。
 彼が教室へと入ると、周りのクラスメイト達は何やらざわついていた。
 そんなことなど目もくれず、彼は自分の机へと腰掛けた。
 すると彼の元へ、ざわついていた群れの中から、二人組の男子生徒がやって来た。その内の一人は、一冊の雑誌を手に持っている。
「よう潤太、おはよー。」
「あ、おはよう。」
 現れたのは、潤太とは中学校からの仲間である、色沼龍一と浜柄晋である。
「おいおい、おまえ昨日どこ行ってたのよ?オレ達、家訪ねたんだぜ。」
「あ、そうだったの?ゴメン、ゴメン。昨日は、ちょっと多摩の方にね。」
 色沼と浜柄の二人は、乾いた笑みをこぼした。
「おいおい、もしかして、おまえまた絵を描きに行ってたのか?」
「う、うん。」
「相変わらず暗いなぁ。おい、コレを見てみろよ。」
 色沼は、握り締めていた雑誌を潤太の机の上へ乗せた。
「これは?」
「見てわからんのか?この写真の子、知らないわけないよな。」
「ああ...。誰?」
 頭をかきながら、恥ずかしそうな表情の潤太。
「しっかし、おまえの芸能音痴ぶりは筋金入りだなぁ。」
 浜柄は、その雑誌に写る少女に中指を突き立てる。
「この子はな、スーパーアイドルの名を欲しいままにしている若干17歳、愛らしい乙女と異名をとる夢百合香稟だよ!」
「ユメユリカリン?あれ、どこかで聞いたことある名前だな。」
「まぁ、テレビ付けてりゃ、必ず一日一回はお目に掛かれる人物だしな。何たって、レギュラー番組4本、テレビCM6本、おまけについ最近リリースしたシングルなんか100万枚の大ヒットだもんな。」
「ふ〜ん。それはすごいな。」
 こういった話にまったくウトイ潤太でも、今の話で彼女の人気ぶりが何となくわかったようである。
「おまえさ、ホントにそう思ってんの?感情に表れてないじゃん。」
「え、そうかな?あははは。」
 思わず苦笑する潤太。彼にとって、アイドルが売れようが売れまいが、どうでもいい話だったのだ。
「で、そのアイドルがどうかしたの?」
 色沼と浜柄の二人は、目に余る感動的なニュースを潤太に伝える。
「どうしたもこうしたもねぇよ!来週の水曜日になんと、彼女がここへ来るんだよ!どうだ、ビックリ仰天だろ!?」
「何でも、ドラマの撮影らしいんだよ。彼女今度、学園もののヒロインを演じるらしいんだ。」
 どうでもいいことには、本当に愛想のない潤太。
「ふ〜ん。」
「ふ〜〜んっておまえさ。そんな調子でいいのか?スーパーアイドルがこの学校へ来るんだぞ。どういうことか理解してる!?」
「わかってるよ。そのドラマの撮影で、この学校へ来るんだろ?別におかしいことじゃないよ。だって、そうやってドラマは作られるんじゃないか。それぐらいは、テレビを見ないボクでも理解してるさ。」
「...コイツ。信じられないほどマヌケなヤツ。」
 潤太はふと、机の上に置かれた雑誌に目を向ける。
 そこには、ミーハーコンビの注目の的であるアイドル、夢百合香稟が写っている。
「この女の子って。」
 彼は心の中でささやく。
「昨日の...。信楽由里ちゃんに似てるな。」

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