小説『彼女はボクのアイドル(完結)』
作者:masa-KY()

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第2話 〜 ほどけなかった運命の糸(3)

 時は瞬く間に流れた。
 今日は、潤太の通う学校に、あのスーパーアイドル夢百合香稟が、ドラマ撮影のために来訪する日であった。
 学校には朝早々と、テレビ局のスタッフがわんさかと姿を見せ始めた。
 テレビ局の大きなトラックが次々とやって来て、それを待っていたスタッフの面々が、大きな撮影機器などをグラウンドへと運び出している。
 そんな慌ただしい中、めったにお目に掛かれない有名人を一目見ようと、一般人がぞろぞろと学校内のグラウンドへと集まっていた。
 とはいえ、撮影自体はまだ先のことなので、この時間には主役の夢百合香稟どころか、脇役の役者すらこの場にはいないのである。


 それからしばらく経ち、学生達が通常通りに登校してきた。
 登校してきた学生達は皆、その物々しさに唖然とするばかりであった。
 その中の一人である唐草潤太は、生徒達で賑わうグラウンドを横目に登校していた。
「あれ!?」
 彼はふと、歩いている足を止めた。
「あいつ...!」
 彼は小走りで、混み合うグラウンドの中へと割って入っていく。
「おい!おまえ何してんだ!?」
「あっ!」
 潤太の腕に捕まれた人物は、どんなことをしても夢百合香稟に会おうと踏ん張っていた、彼の弟の拳太であった。
「おまえ、学校へ行く時間じゃないか!こんなとこにいる場合か!?」
「いる場合だい!オレは絶対に香稟ちゃんに会うんだもーん!」
「ガキみたいなこと言ってんじゃない!ほら、早く学校へ行くんだ!ズル休みは許さないぞ!」
 だだをこねる拳太を、潤太は無理やりグラウンドから引っぱり出した。
「ちきしょ〜!バカ兄貴めぇ〜、いつかギャフンと言わせてやるからなぁ〜!」
 悔し涙を流す拳太は、潤太をにらみつけながら走り去っていった。
「アイツときたら、ホントにいつまでも子供なんだから。」
 潤太は生意気なことを口にしながら、慌ただしい校舎内へと入っていった。


 いくらドラマの撮影があるといっても、今日が普通の平日であることには変わりない。そのため、学校では平常通りに授業が執り行われていた。
 お昼時間になると、生徒達はこぞって早々と昼食を済ませて、撮影現場となるグラウンドへと足を運んでいた。
 潤太のクラスでも、それは他人事ではなかった。教室内には、お昼休み15分後だというのに、すでに数名しか残っていない。もちろんのその中には、芸能界にまったく興味のない潤太もいた。
「おーい、潤太。何してんだよ。早くグラウンドに行くぞ!」
「噂だと、そろそろ夢百合香稟が到着するらしいんだ。急げよ、おい!」
 自分の机にポツンと座る潤太に、大声で話しかけたのは、彼の親友である色沼と浜柄の二人であった。
 二人とも、スーパーアイドルをぜひとも拝んでおこうと、いてもたってもいられない様子だ。
「ボクはいいよ。おまえ達だけで行きなよ。」
 この騒ぎを前にしても、潤太はいつも通りに過ごそうとする。
「バカ野郎!おまえ、こんなチャンス二度とないんだぞ。いいから黙って付いてこい!」
「わぁ!?いいってボクはぁ!」
 潤太は、色沼に無理やり廊下へと連れ出された挙句、結局、グラウンドへと向かう羽目になるのだった。


 グラウンドには、スーパーアイドルのお出ましを心待ちにする生徒達で溢れていた。こともあろうか生徒達だけでなく、教職員までもが集まっている。
 いよいよテレビ局のスタッフが、撮影用のテレビカメラのチェックを始めた。
 監督らしき人物がディレクターズチェアに座って、メガホン越しに大声を上げている。
『ウォォォ...!』
 突如、野次馬連中がどよめき始めた。
 そうである。このドラマの主人公である夢百合香稟が、控え室として貸し出されていた柔剣道場から姿を現したのだ。
「お、出てきたみたいだな。くっそー、ここじゃよく見えねぇーよ!」
 色沼と浜柄の二人は、覗き見しようとその場でジャンプしている。
 一方の潤太は、どうでもいいよといった表情で、その状況を人混みの隙間から眺めていた。
 さっそうと可憐に現れた夢百合香稟は、撮影用の学生服に身を包んでいた。
 このドラマ「明日こそ愛あれ」は、簡単に言えば青春ラブコメドラマである。
 主人公である女子学生が、ある事情で都会の学校へ転校してくるところから物語が始まり、そこで出会ったある男子生徒と、スポーツを通じて親愛になっていくといったラブストーリーである。
「これ以上は入らないでくださーい!」
 やんややんやと大騒ぎの見学者達を、テレビ局のスタッフが必死になって制止している。
 ざわつきがおさまった頃を見計らい、“シーン3”と記載されたカチンコが、テレビカメラの前に掲げられた。
「それじゃあ、本番。よ〜い...。アクション!」
 監督の第一声で、いよいよ香稟の登場するシーンの撮影がスタートした。
 主人公である女子学生が、最後となる学校の校舎を、寂しい想いで見つめているといったシーンを撮影しているようだ。
 わずかに3分少々のシーンではあったが、ドラマの中では重要なシーンだったらしく、非常に重みを感じさせるものがあった。
 カットのかけ声と共に、香稟は再び控え室の方へと戻っていく。彼女の姿を見送った見学者達も、校舎の方へと戻っていった。
「いやぁ、香稟ちゃん、いい演技してたなぁ。」
「あれなら、彼女はもう女優としてもやっていけるな。」
 色沼と浜柄の二人は、満足そうな顔で話し込んでいた。
「あ、もう昼休み終わっちゃうよ...。ついてないや。」
 撮影現場に来て、満足している者の気持ちが理解できない様子の潤太。
 彼は天を仰ぎながら、午後の授業に向けて教室へと戻っていった。


 ドラマの撮影は着々と進んでいた。
 校舎内のシーンや、体育館内のシーン、そして教室内のシーンと、香稟は憧れだった主人公を演じ続けていた。
 テレビ局のスタッフと役者の面々は、この日最後の撮影場所となる玄関へとやって来た。
 そのシーンは、下校しようと主人公の女子高生が下駄箱へやって来ると、後ろから相手役の男子生徒に声を掛けられて、それに対して恥じらいながら返事をするといったシチュエーションである。
 藍色の制服姿の香稟は、下駄箱でスタンバイする。
 声を掛ける男子生徒役の役者も、下駄箱奥の廊下で待機している。
 準備完了の合図に、アシスタントディレクターが大きな声を上げた。
 テレビカメラが静かに回りだした。
「......。」
 無言のままで、自分用の下駄箱を目で追う女子高生。
 彼女は、予め用意されていた下駄箱へと、少しずつ視線を合わせていく。
 そして、彼女は恐ろしいほどの偶然を体験する。
「...!!」
 監督はその時、彼女の視線の方向が台本通りではないことに気付いたが、さほど気にすることでもないと判断し、そのまま撮影を続行した。
 撮影は次の展開となり、待機していた男子生徒がカメラの前へと現れて、硬直する彼女に声を掛ける。
「やあ!今帰るところ?」
「......。」
 彼女は、声を掛けられたことに気付かない。しかしこれは、台本通りではなかった。
「......。」
 待つこと数秒、セリフが発せられないこの状況に、監督はついにしびれを切らした。
「はい、カーットォ!!」
「あ!」
 監督の大声に、我に返った女子学生。
「おいおい、どうしたのよ、香稟ちゃん!?ここで君のセリフだったはずだよ!」
「ゴ、ゴメンなさい!つ、ついボーっとしちゃって...。」
 彼女は深々と頭を下げた。
 その姿勢のまま、彼女はもう一度横目で、ある下駄箱を見つめた。“唐草潤太”の名前がついた下駄箱を...。

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