クレイ・バントリーがタバコを吸うのを始めて見た。
彼は二、三歩後ずさって、ちょうどテーブルのように突き出した岩に腰を預けるとシャツの胸ポケットから〈クール〉を取り出した。一緒に出したライターで火を点ける。
「煙草吸うんだ?」
訊いたサミュエルに、このところやめていたんだけど、とクレイは言った。
「ここではきっと吸いたくなると予想して持って来たんだ」
クレイが妙な笑い方したのがサミュエルにもわかった。
「あのな、ここは俺が始めて煙草を吸った場所でもある。いかにも子供のやりそうなことだろ?」
思い出したように、「エルンストも吸うんだろ?」
「勿論」
「じゃ、遠慮することはないな」
クレイの煙草の火は岩の壁の前を飛ぶ螢のように見えた。
(やっぱり、クレイはミステリアスだ……)
サミュエルは再度確認せずにはいられなくなった。
「なあ、クレイ、本当に、殺したのはおまえじゃないんだよな?」
クレイはすぐには答えなかった。二度三度煙を吐き出した後で返ってきた言葉は風変わりで少年を戸惑わせた。
「俺が殺したとして──どっちだと思う?」
「え?」
「いや、おまえには俺がどんな人間に見えてるのかなと思って。恋人の為なら我が身も顧みずに何だってやる理想の騎士か?それとも、俺こそが真犯人!──例の右足好みの連続殺人鬼?」
クレイは本気で知りたがっているように見えたのでサミュエルも本気で答えた。
「後者さ!」
愛の為にそうそう人なんか殺せっこない、というのがサミュエルの自論だった。そんな夢物語よりは病的な殺人鬼の方が遙かにリアリティがある。それに、クレイが連続殺人犯だとすれば確実に説明のつくことが一つあった。
「何のことだ?」
「うん。浜辺で声を掛けたのも?恋?とか?愛?とかじゃなくて?獲物?って方が素直に納得できるもん」
自分でなくても良かったんだ。サミュエルはずっと考えていた。あの日、あの場所にいた暇そうなガキなら誰でも良かった……
サミュエルもバンダナを外した。狭い洞窟の中は既にクレイの吸う煙草の匂いに満ちていた。その他は潮の香り。で、もう一つの方は──この際無視しよう。
サミュエルはクレイの傍へ行くと手を突き出した。クレイはすぐに一本抜いて火を点けてやった。
身体をずらして岩のベンチに少年の分のスペースを空けるながら、
「おまえって、けっこう疑り深いんだな?」
ランタンが横に置かれているせいで光を独占しているエルンストの方を見ながらサミュエル、
「軽く引っ掛けて適当に遊んで、飽きたらポイッて図式には我慢できない。俺、ゴミみたいに捨てられるのまっぴらだぜ」
何処からやって来るのやら、ランタンの周りに蛾や羽虫が何匹も集まっている。サミュエルはそんな虫達の無関心振りを羨ましいと思い、一方クレイは、彼等が弔問客のようだなと思った。