「警官だと?嘘つきめっ!人を死ぬほど威かしやがって……!」
クレイはランタンを揺らして立ち上がった。
「でも」
女は、いったん右脇の岩壁の前に立っているサミュエルにライトを当ててその位置を確認してから、再びクレイに光を戻した。
「証拠写真はバッチリ撮ったわよ。私のカメラはレーザーシャッター付きなんだから!」
フラッシュライトを持っていない方の手で胸に下げたカメラを愛おしそうに撫でると、
「もうあんた達は逃げられないわ。私が警官じゃないから何だっての?同じことよ。だって、私がすぐに警察に通報してやるんだから、この忌まわしい殺人鬼ども!」
「だから、俺たちは違う!」
女の方へ距離を詰めながらクレイは辛抱強く言った。
「俺達は巻き込まれただけだ。話せば長くなるけど、俺達だって、その、?被害者?みたいなもんだ」
女はせせら笑った。「よく言うわよ」
「じゃよく見てみろよ!」
クレイは高く腕を伸ばし、ランタンをトーチのように掲げると叫んだ。他に思いつかなかったからだが。
「よく見てみろ!俺達が猟奇連続殺人みたいなおぞましい真似、本当にする人間に見えるか?」
「クレイ……」
洞窟の片隅で少年が絶望のため息を吐いたのがハッキリと聞こえた。無策過ぎる。誰が見たって万事休す──
だが、次の瞬間、女は意外な行動を取った。
ライトを脇に挟んで、カメラを構えると、まずクレイ、続けてサミュエル、連続してシャッターを切った。
「うっ?……赤外線対応のレーザーシャッターだと?どこがだよ?また騙したな!」
疾風のようにサミュエルが女に突進した。「カメラのフラッシュが走ったぞ!今、撮ったんだ!」
「キャッ……」
女と少年は縺れ合って湿った砂地に倒れ込んだ。その勢いで女が持っていたフラッシュライトが弾け飛んだ。だが、女はカメラからはけっして手を離さなかった。胸の上、宛ら心臓そのもののように大切に握り締めている。サミュエルは毟り取ろうと躍起になった。
「やめろっ!」
クレイが駆け寄る。ずっと伏せの姿勢で地面に腹這いになっていたスパーキィがビクンと頭を上げた。自分が叱責されたと思ったのだ。
「やめろ、乱暴はよせ、サミー!そんな真似したら、俺達、本物の犯罪者になっちまうぜ」
「────」
少年は素直にカメラと女から腕を離した。手の甲で額を拭いながら、荒い息のまま女を跨いでクレイの横へ戻る。
女はゆっくりと上半身を起こした。
「ったく、もう……」
強力なフラッシュライトが何処かへ飛び去って、ランタンの柔らかい灯りの中で見る女が、最初思ったよりずっと小柄で若いことにクレイは気がついた。
気がついたことは他にもある。女の腰の辺りで揺れている髪が洞窟の向うの空や海と同じくらい真っ黒いこと。凛とした風貌のわりに声が舌足らずで甘いこと。カメラを持つ手が華奢なことは──先刻、女がシャッターを切った際、気づいていた。
足下にランタンを置いて、クレイは静かに尋ねた。
「あんたは何者だ?どうしてこんな真似をする?」
「それを言うなら、あんた達こそ何者?どうしてこんな真似してるのよ?」
女はクレイの広い肩越しにエルンスト・オレンジを凝視した。一瞬顔を顰めたが目を逸らそうとはしなかった。朧な灯りの元で、見ることのできる全てを見ようと努めている女の、鉄の意思をクレイは感じ取った。
「もし、本当にあんた達が殺人犯でないのなら──」
さっきより幾分柔らかな声で女は訊いてきた。掘り起こされた死体をカメラで指し示しながら、
「じゃあ、アレは何故?」
縋る思いで訊き返すクレイ。
「本当のこと話したら、信じてくれるか?」
片や少年は警戒心剝き出しの悪魔染みた声で、
「よせって、誰が信じてくれるもんか!」
だが、ここで3人はまた別の声を聴くハメになった。
「もしもし?」
第4の声は言う。
「どうかしましたか?そこで何か厄介事でも?」