小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 クレイとサミュエルがこの洞窟に至るまでの一部始終──殆んどクレイが一人で説明したのだが──を聞き終えると写真家・衣通葵里子は大きく頷いた。
 「なるほど。それで一応、辻褄は合うわね。あんた達がこのエルンスト・レモンって子を埋めたり、掘り返したりしている?理由?が」
 サミュエルはウンザリした顔で訂正した。
 「オレンジだよ!」
 「さあ」
 クレイが促す。
 「今度はあんたの番だぜ。話せよ。警官でもないくせに何だってこんな所にいて、こんなことに首を突っ込む?」
 偶然、死体を埋めている場面を目撃したのなら、どうしてその時点ですぐに警察に通報しなかったのか、クレイはそれが不思議でならなかった。
 「私はね、この目で直に犯人を見てみたかったの」
 葵里子はクレイとサミュエルを交互に見つめながら答えた。二人は例の岩のベンチにくっついて座っていた。葵里子の方は、どんどん明るさを増して行く洞窟の入口を背にして立ったままだ。
 「誰よりも一番早くこのファインダーに真犯人を捕らえたかった。何故って?まあ、言わば──私も?被害者?の一人みたいなものだから」
 一度静かに息を吐くと、
 「あの殺人鬼の最初の犠牲者は、私のモデルだったのよ」
 流石にクレイとサミュエルは驚いた。驚愕する二人に葵里子はサッと指を突きつけると、
 「でも、そのことについて詳しく語る前に、私達、どうしても先にやるべきことがあるわよ」
 突きつけていた指を一直線にエルンスト・オレンジ移して葵里子がこう提案した時、クレイとサミュエルの驚愕は戦慄に変わった。
 写真家はキッパリと言い切ったのだ。
 「さあ、あの子を埋め戻しましょ!」

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 クレイは双眼鏡を水平線からゆっくりと岸の岩場へと動かした。
 プレローズ屋敷の見張り台に立つとシャワーの後の湿った体に海風が心地好い。
 「大丈夫。奴に変わりはなさそうだな?」
 改めて3人で埋め直した洞窟の周囲に人だかりは見受けられない。
 「チェッ、?見張り台?とはよく言ったもんだぜ……」
 元々は捕鯨が盛んだった頃、鯨の到来を観察する為に作られた特別な露台である。
 再度の埋葬の後、実際にエルンストが殺害された現場が見たいと写真家にせっかれて、ここプレローズ屋敷にやって来たクレイとサミュエルだったが、到着するなり一悶着あった。
 台所のゴミバケツの中に血に染まった大量のキッチンペーパーを発見して、葵里子が大騒ぎしたのだ。曰く──
 『犠牲者の血を拭き取った紙をこんな処に無造作に放置しとくなんて信じられないわ、この脳無し!」
 尤も、彼女はこうも言ってくれたが。
 『こんなマヌケをしでかすようでは、あんた達が真犯人じゃないのがよぉくわかったわよ!』
 「……本当にこれで良かったのかな?」
 独り言のように囁くサミュエルの声。クレイは双眼鏡を離してそっちへ顔を向けた。
 サミュエルはと言うと、見張り台の柵の間から首ごと突っ込んでは下の景色を見たがるスパーキィの首輪を掴んで引き戻している最中だった。
 「何だか、俺達、ますますヤバくなって行く気がする。深みに嵌まって行くだけって感じ……」

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