小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 クレイの質問に即座にサミュエルが反応した。少年はあからさまに顔を顰めて見せる。やや遅れて葵里子も振り返った。写真家もクレイを睨んだ。
 「ヌードもあれば着衣もあった。どっちも同じことよ。わからないの?」
 勢いよく体を反転させると、真正面から海に向い合って、
 「あんた達はすぐそれを言うのよね?ヌードか、そうでないか。同じことだと言うのに?」
 葵里子は指で枠を作りそこから海を覗いた。その姿を見てクレイは、写真家がカメラを下げていないのに気づいた。思えばカメラを携帯していない彼女を見るのはこれが初めてだった。
「言ったでしょ。写真を撮るって行為は、全てを貫いて、生身のそのものだけを写し取ることなんだから。付属品=衣類があるか無いかなんて問題じゃないのよ」
 「いいかげんにしろよ!」
 サミュエルが声を荒らげる。
 「俺はそんな話、興味ない。あんたの芸術論なんてクソ喰らえだ!」
 「OK]
 珍しく葵里子はこの件ではあっさりと退いた。
 「要するにケニーは素晴らしい子だったってこと。だけど、どう?LAPDときたらあの子が男娼だったってだけで犯罪者扱いだった」
 衣通葵里子が言うには──
 ケニー・ウォールは第一犠牲者だったせいも多分にあっただろうが、当初の警察の捜査活動はあまりにも無関心且つおざなりだった。お気に入りのモデルの酷過ぎる殺され方を知った葵里子は、警察に積極的に協力して、自分が知っていた事実や情報の全てを提供した。にも拘らず、警察当局のやったことと言えば、犯人を捕まえるどころか写真家の情報を面白おかしくメディアに垂れ流しただけ。
「……『恥知らずな商売に勤しんでいるバカな尻軽が、運悪く悪い客に出くわして似合いの最期を遂げた』てな調子」
 葵里子は潮風に黒い瞳を伏せた。
 「そこに同情や哀悼の気持ちは微塵もなかった。ただ笑いものにしてただけ。だから、私、我慢ならなかったのよ」
 やがて、似たような犠牲者が連続して出だした時、ほうら、御覧なさい、とこっちが笑ってやったわ、と葵里子は言った。その顔はけっして笑っていなかったが。
 「ケニーの時にもっと真剣に対処していたら良かったのよ。警察は脳無しばかりだわよ、全く……!」

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 「私は私なりにこの事件を追って来たの」
 葵里子が声高に告げたのはクレイのコテージの居心地の良い居間に3人して腰を落ち着けた後だった。

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