小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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プレローズ屋敷に必要以上に長居するべきではない。もっと詳しい話は、何処か別の場所で。と言うのが見張り台での写真家の意見だった。この頃になると主導権は完全に彼女が握っていた。が、クレイとサミュエルにはどうしょうもなかった。それで、とりあえず──?他の場所?と言ったらここ以外ないではないか──クレイ・バントリーのコテージへ移動することにしたのだ。
 既に、悪い徴候……犯罪者の特質が身に滲み始めているようにクレイは感じた。コソコソと隠れ廻り、ビクビクと息を殺して暮すスタイル。
 かくして、プレローズ屋敷の古雅な玄関にしっかりと鍵を掛けて、まだ濡れた髪のままクレイ・バントリーとサミュエル・ケリーはコテージへ戻って来た。
 シャベルを携えてここを出たのは昨日の真夜中だった。それなのに長い旅から帰り着いた気がする。シャベルの他に今度は黒いゴミ袋に例の、エリンストの血の染み付いたキッチンペーパーを詰め込んで持ち帰った。
 道で出合った人達は皆、一様に満面の笑顔を二人に返してくれた。中の一人はわざわざ声を掛けてくれさえした。勿論それは例の浜辺の番人、ジェフ・ペッカー氏である。
 「やあ、偉いね!君達みたいのを模範的な若者と言うんだな!僕も負けて入られないよ!」
 自身もちゃんとゴミ袋をぶら下げていた。
 「お疲れ様!お蔭で今日も浜辺がきれいだ!」
 「……完全にビーチコーミングだと誤解されてるよね、俺達?」
 「いいから、会釈だけしてやり過ごせ。実際、俺は何度かそれをしてるから……さほど後ろめたがる必要はないよ、サミー」

 さて、コテージに帰還するなり、すぐさまクレイはキッチンペーパーを青いタイルが貼り廻らされた例の美しいストーブで焼いた。
 その間中、背後でサミュエルは愚痴り続けていた。
 「あーあ、こんな使われ方したんじゃ、このストーブも哀しいだろうな?たまったもんじゃないよな?」
 でも、しかたなかった。
 写真家に指摘されるまでもなくクレイも知っていた。ロヴ・プレローズの死後ずっと使用されていない向うの屋敷の暖炉にくべるより自分のコテージのストーブの方が足がつきにくい。何せこっちはしょっちゅう──料理や冷え込んだ夜半の暖房に──日常的に使っているから、いつ何時、煙が立ち昇ろうと近隣の住人が気に止める心配はないだろう。
 衣通葵里子は、いったん投宿していたB&Bに戻ってから愛車ごと乗り付けてきた。
 傷だらけのクリーム色のコンバーチブルからカメラ機材用のジュラルミンのケースと衣類用のトランクを引っ張り下ろす様子を窓から見て、サミュエルは内心ギョッとした。写真家ときたら先刻プレローズ屋敷でシャワーを浴びた際貸してやったショートパンツとTシャツをもうしっかりと着替えているではないか。
 葵里子は今、目が醒めるような杏色のタンクトップに大きな牡丹の花が刺繍された巻きスカート姿で、玉砂利を敷き詰めたコテージの脇道をはずむような歩調でやって来る。それはそれで彼女の東洋的な雰囲気に似合って入るが── 
 (俺の服はどうしたんだよ?まさか、捨てたんじゃないよな?)
 片や、飛んで行って玄関ドアを開けたクレイの服装は、同じくシャワーの際、サミュエルが父のクローゼットから物色して渡した物だ。彼はちゃんとまだそれを身に着けていた。
 最初に会った日に、似ていると思った通りクレイ・バントリーはサイズも父とぴったり一緒だった。
 サミュエルはクレイに父の服を脱いでもらいたくなかった。せめて今日一日くらいは。できることなら、いちまでも。だって、とても似合っているから。
 現実にはそれらの服を着て歩き廻っていた父を見る機会のなかったサミュエルはいつにも増してチラチラとクレイを盗み見てばかりいた。

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