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サミュエルは言った。
「あの女、イカれてるぜ」
クレイは答えた。
「まあ、多少は。芸術家だからなあ」
二人がいるのはクレイの白い寝室だった。
衣通葵里子が乗り込んで来た今となっては益々ここだけが二人のシェルターと言う気がしてきた。
自称写真家はクレイのコテージのメインベッドルームに当然と言う顔をして自分の荷物を運び入れた。彼女の言葉を借りれば、自分達3人は今や〈チーム〉なのだ。そう、素晴らしき〈運命共同体〉!
窓辺へ寄るとクレイはカーテンをちょっとずらして、前庭に停め置かれた葵里子の愛車を見下ろした。
木々を透かして午後の陽射しがクロシェ編みのような洒落た模様をクリーム色の車体に映している。
目を細めた後で、ベッドに寝転がっているサミュエルに視線を戻す。慎重に言葉を選びながらクレイは言った。
「だが、あの女の言ってることも一理ある。俺とおまえのどうしようもない立場を一瞬に好転させる、最も手っ取り早い方法は──真犯人を見つけ出すことだ。ここは暫くあの女の言う通りやってみてもいいかもな」
サミュエルから返答はなかった。キュッと結ばれた口元の影。何かに似ている。そう、墓地の天使像。
「写真を見せてもらったのか?」
「何だって?」
質問の意味がわからずクレイは戸惑った。
「壁だよ」
クレイは四方の白い壁を見回して、
「どの壁?」
「?可愛い壁?さ。ケニー・ウォール。チエッ、あのイカレた写真家のお気に入りの男娼モデル」
クルッと反転してサミュエルはにクレイを睨みつける。
「やたら興味を示していたじゃないか。きっとおまえ好みのキュートな野郎だろうな。死んじまってて残念だよね?」
「何イラついてんだ、サミー?絡むなよ」
クレイは苦笑した。傍に腰を下ろすと、寝そべっていたせいで縺れている少年の髪にそっと手を伸ばす。
「まあ、こんなハメになって……不安な気持ちはわかるけど」
サミュエルは激しく頭を振ってクレイの手から逃れた。
「俺が不安なのはエルンストの死体のせいじゃない!わからないのか?不安の大部分はおまえのせいだ!」
畳み掛けるように言う。
「どんどんマジになっちまってるから怖いんだよ。いいよな、おまえは。所詮、遊びだもの」
「またその話か。いいかげんやめろよ」
「やめない」
サミュエルはやめるつもりは毛頭なかった。今こそとことん言ってやる。そして?行き着く処まで行ってやる……!
「エルンストが死んじまって、本当の処、俺はラッキーかも知れない。だって、あいつは俺の秘密をごっそり確保してたもん。エルンストが生きてたら、いつそれをおまえにチクルか気が気でなかったろうな」
ベッドの上で座りなおすとサミュエルは自分の足首をつかんだ。
「憶えてるか?おまえとエルンストが最初に会った日、あいつ露骨に当てこすってたよな?俺の嗜好について」
(エルンスト・オレンジと最初に会った日?)
それはつまり、サミュエルと初めて愛し合った翌日のことだ。潮風だっていつもと違う気がしたあの朝。
マックロスキーの絵本〈すばらしいとき〉の表紙……本屋の窓……パゴダの樹……
クレイは微笑んだまま首を振った。
「憶えてない。そうだっけ?」