「すっとぼけるなよ!バッチリ憶えてるくせに。そうとも俺は、ノボセたのはあんたが初めてってわけじゃない。同じ過ちを何度も繰り返してる。実際エルンストがカバーしてくれた件もあるし、ママだって46時中頭を悩ませてる。俺の──手が付けられない悪癖」
サミュエルは息をつくためにいったん言葉を切らねばならなかった。
「俺は、従兄弟と違って薬やギャンブルはやらないけど、別の中毒なんだ。今回こっちの浜で、おまえが見ている間一度も誰かについていかなかったのは、むしろ奇跡に近かった。単にマが良かったのさ。好みの奴がいなかったってだけで。つまり、おまえが現れるまでは、って意味だけど」
「サミー」
「おまえみたいなタイプに俺は免疫がない。すぐコロッと騙されちまう。言いなりになって、挙句に飽きられて、捨てられるのさ。ケニーの方が立派だよな。男娼ってそれ、ちゃんと金貰ってるってことだろ?俺なんか、ほんと、コントロールの効かないバカだよ」
(スパーキィは何処へ行ったんだ?よりによってこんな時に……)
さっきからずっと目のやり場がなくてクレイは閉口していた。ついでに言えば、手の置き場にも。髪に触れようとして拒否されて以来クレイのそれは軽く開いたまま──何かを求めて果たされなかった形のまま──膝の上に乗っていた。
「もうやめようって、もう懲りたはずだって思うのに、結局同じことの繰り返しだ。長身で金髪のクールビューティが自分の方へ近寄って来るのを見ると、今度こそ俺の王子様だと錯覚してしまうのさ。ほら、前に話した憐れな人魚姫はママじゃない。俺なんだ。いつも・・・…」
ママはもっとしっかりしているとサミュエルは知っていた。大富豪のパパとだってキッパリと決別した。
(でも、きっと、俺はだめだろうな……)
この男に捨てられたら、取り乱して修羅場になるだろう。そして、その瞬間は近づきつつある。自分の方から引き金を引いたのだ。
「文字通りおまえは砂を蹴散らしてやって来た。俺は見てたんだ」
サミュエルは言い直した。
「俺だって見てたんだ。眠ってなんかいなかった。1週間、おまえが声を掛けてくるのを今か今かと待っていたんだよ。でなきゃ──どうして目印よろしく同じ場所にああも毎日転がってるもんか」
COME ON COME ON……
早く見つけてくれよ、王子様?
「だからさ」
絞り出すような声だった。
「引っ掛けたのはおまえじゃない。俺なんだ」
クレイは今、ぴったりと閉ざされたドアを凝視していた。
「何とか言えよ、クレイ。感想は?あの写真家みたいにファインダーを覗かなくってもこれが俺の全てさ。生身の、俺の真髄。どう、軽蔑した?」
クレイはまだ白いドアを見ている。出て行きたがってるんだな、とサミュエルは了解した。
「良かったな?これでもう2度と俺なんかの為に死体を担ぐ必要はなくなったろ?」
「うん、サミー」
ややあってから、漸くクレイは口を開いた。
「俺はおまえの王子様なんかじゃない。この際、はっきり断わっとくからな、いいか?」
今度黙り込むのはサミュエルの番だ。
俯いたまま、次に来る決別の言葉を聞いても泣くまいと、ただそれだけを心に念じていた。
(慣れてるだろ?)
それなのに、頬を伝わるこの冷たいものは何だ?
「サミー、俺はさ、?王子様?なんかじゃない。いつだっておまえの?虜?だよ」
「!」
サミュエルは顔を上げた。その真前にクレイの顔があった。
悪戯っぽい笑顔で、だが、瞳は真っ直ぐに自分を見据えている。
「もっと自分を大切にしろ、サミー。これ以上自分を貶めるんじゃない。王子様はおまえ自身だろ?」
クレイは両手を少年の肩に置いた。そうして、優しく揺すりながら叱咤した。
「目を醒ませよ!シャンとするんだ!自分の足で立て!そのステキな足は人魚の尾鰭ってわけじゃないだろ?」
クレイはもっと言った。
「これからは浜辺で独りで泣くんじゃない。尤も──そんな真似、俺がさせやしないけど?」
最後の方はくぐもって聞き取り難かった。何故ならその頃にはもうサミュエルが飛びついて来てしまったから。
海に面して開いた窓──島の家の殆んどの窓はそれだが──から始終潮風が入って来る。だが、クレイの唇が塩辛かったのは、この時ばかりは、風のせいではなかった。