たまらずクレイ、葵里子の後へ逃げ込んで、
「落ち、落ち着けよ、サミー。頼むから。俺が、いつ、何をしたって?」
「平気な顔して俺とどっかのクソガキ取り違えたじゃないか!しかも、よりによって、ベッドの中でだぜ」
「まあ!それは酷いわね?」
葵里子はカメラの照準を百合をぶら下げて近づいて来る少年に切り替えた。
「一緒に寝てるベッドの上でイケシャアシャアと他の奴の話しやがって……!」
真っ白いトランクスから伸びたほっそりとした足。肩に鎖骨に零れる黒髪。動く度にくっきりと浮かび挙げる肋骨はサルキ犬のそれのように優美だ──
と、そこまで考えて不意に葵里子の指が止まる。葵里子は首を傾げた。
(私はこの子を知ってるわ……)
何でそう思ったのか自分でもわからなかったが。その考えは稲妻のようにさっき頭の後で白く煌いたのだ。
私はこの子を見たことがある。でも、それはいつ、何処でだったろう……?
勿論、現実には有り得ないことだ。それとも、有り得るだろうか?
そう言えば、元々この少年はカリフォルニアの出身だとか。葵里子自身も現在LAに住んでいるから、何処かのビーチで擦れ違ったのかも知れない。それにしても──
言いようのない思いに襲われて写真家は顔を歪めた。
半裸の黒髪の少年は今、恋人を追いかけて漁師の家の狭い居間を走り回っている。写そうとして改めてカメラを向ける。が、その姿は明け方の淡い夢のようにふわふわと漂い、ファインダーの中を幾度も過ぎっては、取り逃がしてしまう。
指がブレる。対象が摑めない。葵里子はこんな経験は初めてだった。
(一体、何がこの不安定な状況を齎したのだろう?)
いったん胸の前、心臓の上までカメラを下げてから、再度構える。
もう1度少年をフレームに納め直した。
トランクスは白地に細い赤の線。満開の百合の花束。ほっそりした肢体。握り閉める拳。漆黒の髪。
この中のどれか──或いは全部──に照準を狂わせる何かがある。 不安の要素……デ・ジャヴー?
全く関連性のないバラバラのイメージが次から次に葵里子を襲って、それらが被写体への集中力を殺いでいるのだ。
肩を摑まれて葵里子は我に返った。
家中を1廻りして逃げ戻って来たクレイが再び背後に廻りこんだのだ。小柄な写真家を盾にして長身を折り曲げるとクレイはサミュエルを宥めにかかった。
「サミー、おまえは誤解している。俺が、いつ、他の奴の話をした?」
「足の裏に刺青入れてるどっかの脳無しの話をしたじゃないか!」
「それって……おまえだろ?」
「俺?笑わせるなっ!俺は刺青なんか何処にも入れてない。第一、ママが許しちゃくれないよ。そんな不良の真似」
「待てよ」
クレイは体を伸ばして真っ直ぐに立つと、言った。「じゃ、見せてみろ、右足」
葵里子を振り返って、
「確認してくれ。あんたが証人だ」