小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 右手には縞瑪瑙のような断崖の上にプレローズ屋敷がくっきりと浮かび上がっている。
 遠く近く散在する岩山の群れ。これら岩山はその大小に拘らず全部?特別の名前?を持っていて、島の住民なら誰でもその名を言うことができた。兎岩に蛙岩、鯨岩。妖精岩や竪琴岩、靴下岩なんてのもある。
 馨しき夏の日、島には4色しか存在しない、というのもまた真実だった。青と白と緑と岩色。
 幸福な夏休暇中の友人が投函した絵葉書そのままの景色の中を3人は風に弄られ、砂を踏んで、無言で歩いて行く。遠くから手を振っている人に気づいてクレイは慌てて手を振り返した。
 「誰?」
 葵里子が訊く。
 「ペッカーさん。浜辺の番人だよ」
 サミーが教えてやった。「いつもああやって浜辺を掃除してくれてるんだ」
 ジェフ・ペッカーは今日もやっぱりゴミ袋を下げていた。掃除はまだこれかららしくその黒い袋はパタパタと風に翻弄されて手旗信号のように見えた。
 
 3人が会話を再開したのは〈グリル・ホープ&ウィンドゥ〉に腰を落ち着けた後だった。
 店は、洞窟をチエックした後立ち寄るのに絶好の位置にあった。しかも、この時間帯ならスパーキィはスープの出汁に使った骨を振舞ってもらえるし、予約無しでも海側の席に座れる。
 案の定、今日も自分達意外には3つしかテーブルは塞がっていなかった。裕福そうな中年男女と幸福そうな母子連れと暇そうな引退した老人──何れにせよ美しい海を眺めながら将来の計画を語り合うには最適な場所だ。
 「で?どうなってるんだ?」
 口火を切ったのはクレイだった。
 「でなきゃ、どうすればいいんだ?」
 これはサミュエル。例によって二人は並んで座っている。片やテーブルを隔てて孤高の写真家衣通葵里子。
 「今日が7月10日だから──明日で21日目だよな?」
 サミュエルは念押しした。
 「あれ以来、屋敷周辺を見張って来たけど、一向に変わった徴候は見られないじゃないか」
 この20日と半日の間、3人は交代で脇道に停めた車からプレローズ屋敷を見張り続けた。
 車は葵里子のそれを使用した。コンバーチブルの幌を出すのにどれほど苦労したことか。それで、西では写真家は一度だって車の屋根を使ったことがないのだろうとクレイは推測した。
 見張りのローティションを決めたのも葵里子である。各人2時間交替。恋人達は二人一組で四時間を希望したが、これは老練な判事よろしく、即、葵里子に却下された。二人一緒に車中にいたら屋敷の方など見てられっこないことぐらい老練な判事ならずとも明々白々だったから。
 張りこんでいる間に屋敷に近づいたのは、郵便配達人と観光客のカップル、これっきりだった。
 前者はサミュエルの母からのポストカードを届けにやって来たのが判明した。カップルの方はINNと間違えたらしく、数枚の記念撮影と数度の熱烈なキスの後で引き返して行った。
 「あの郵便配達は」
 クレイが捕捉する。
 「夏季アルバイト中の島内の高校生トッド・マクミランだ。身元はハッキリしてる。俺もよく知ってるよ。親父さんは漁師でお袋さんの方は、確かメイタケット港の土産物屋で働いてる。可愛い双子の妹がいて……」
 サミュエルが咳払いをした。
 (どうしてそこまで知ってるんだよ?)
 そもそも?よく知ってる?とはどういう意味だ?ひょっとしてクレイは新聞配達の少年の名前や家族構成も言えるのだろうか?
 とはいえ、この場はサミュエルは自重した。代わりに写真家に矛先を向ける。

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