葵里子は椅子を引いて立ち上がった。
「よくよくご縁があるみたいですね、私達?よろしかったら一緒に、どうぞ……」
「いや、私は帰るところさ。ただちょっと小耳に挟んでね。職業柄質問には答えずにいられない。それは、カホーグ貝だ。島で獲れるんだ。実に美味だと私も思う。おっと、ムール貝やベイスキャロップは試したかね?そちらも絶品だぞ」
勘定を済ませてから、戸口でもう一度若者達に手を振るとアンブローズ・リンクィスト教授はパーカーのフードを被り、浜へと下りて行った。
「チエッ、お気楽でいいよな?」
アイスミルクティの氷を噛む砕いて少年が毒づく。
「こっちは?ハリーの災難?よろしく死体を抱えて息も絶え絶えだってのに……!」
「シッ、めったなこと口にするんじゃない。誰が何処で聞いてるかわからないんだぞ」
この場合、?死体?よりも?息も絶え絶え?という言葉にレジの後のラルデッリが反応したように見えたせいだが。
果たして、帰り際、ラルデッリはニヤニヤしながらクレイの耳元で囁いた。
「で、どっちなのかね?」
「何がです?ラルデッリさん」
「この間の晩、おまえさんをここに待ちぼうけさせた罪な人」
「そ・・・…やめてくださいよ」
「おや?さては……どっちもなのか?やるねえ、クレイ君!この色男め。ああ、私も誇らしくて胸が潰れそうだ!」
そろそろ来るぞ、とクレイは覚悟した。
「いやあ!今でも思い出すよ、小さかった頃のおまえさんのあの可愛い姿!まさか、海水をたらふく呑んで息も絶え絶えだったあのクレイ坊やが、こんなに立派に成長して──三角関係の清算に苦しむとはなあ!この勇姿、ケイトにも見せたかったな。おっと、そう言えば、親父さんはいつ新しい奥方を私に紹介してくれるんだ?今年の夏はこっちに来ないのかね?」
お釣りは取っといて、と言うや後も見ずにクレイは駆け出した。
幸いサミュエルも葵里子もこの会話を聞くことなく、とっくに砂浜を歩いていた。
その後姿に追いつこうとして気が変わった。足を止めて二人を眺める。正確には二人と一匹だが。
こうして見るとサミュエルと葵里子は幸福な姉弟に見えなくもない。古風な草色の格子のワンピースを着た葵里子と、まるで申し合わせたかのように今日は青いギンガムチェックの半袖シャツのサミー。これまたお揃いの真っ黒い髪がピカピカ光る鱗のような海原に見事なコントラストだ。
サミュエルは小枝を拾って波打ち際へ放った。即座にスパーキィが駆け出す。愛犬は小枝を咥えて得意げに戻って来た。サミュエルは、今度はその枝を奪い取るや全速力で走り出した。スパーキィはふさふさした金色の尻尾を吹流しのようにはためかせて追いかける。
〈おいおい・・・…)
サミーの奴、いつの間にかデッキシューズを脱いでショートパンツの尻ポケットに捩じ込んでいる。そうして熱い砂の上を裸足で逃げ回って──
「!」
クレイは息を呑んだ。
すぐには言葉が出てこない。体の方が咲きに動いた。砂を蹴って突進した。