サミュエルが吃驚して振り返る。が、間に合わない。次の瞬間、二人は一緒に砂の上に倒れた。
クレイに組み伏されたサミュエル、頬を染めて形ばかりの抗議をした。
「何だよ、大胆だな?ファイアーアイランドじゃあるまいし?」
一方、クレイは少年を押さえつけたまま葵里子に叫ぶ。
「見ろ、葵里子!」
「見てるわよ」
写真家は呆れ顔で頭を振ると、
「でも、私、そんなの撮るつもりないから。ハーブ・リッツの2番煎じなんてプライドが許さないわ」
「バカ野郎!違うったら!足だ!サミーの右足……見ろ!」
「あ!」
葵里子の短い叫び声。
「え?」
サミュエルも体を捩じってクレイの下敷きになっている自分の右足に視線を走らせた。
何と、そこには鮮やかに濃紺の刺青が浮き上がっているではないか……!
「ほらな?」
陽射しに目を細めて──これぞ、サミュエルが絶賛する黄金の微笑──クレイは言うのだ。
「俺の言った通りだろう?これは刺青だ。俺の見てきた奴だ。これこそが……!」
「こんなの、俺、知らない。それに──」
クレイから体を離すと座り直したサミュエル。今やつくづくと自分の足の裏を凝視している。
写真家が少年の言葉を補った。
「それに、前に見た時はなかったわよ。影も形も、全然……」
葵里子は少年の上に身を屈めた。暫くして顔を上げると、
「ハハァ。これ〈隠し彫り〉って奴かも。聞いたことある。何か、熱とか、または冷やしたりとか、要するに特別の刺激を与えると浮き上がってくる凝った仕掛けらしいわ。それにしても──面白いわね!何処でやってもらったの?やっぱり西海岸?」
「知らないって言ってるだろ!」
少年は困惑して繰り返すばかりだ。
「俺、こんなの知らない。ママはこの手のゴロツキの真似、大嫌いだから絶対許しちゃくれない。俺自身、刺青彫りに行った記憶もないし……」
「それだ!」
クレイは即座に思い当たった。
「おまえののママさ。憶えてるか、サミー。初めて会った時、おまえ俺に教えてくれたよな?両親の離婚の原因について」
「え?」
ここで、渚を散歩している若い親子連れが足を止めてこちらを見ているのにクレイは気がついた。ピンクのサンドレスを着た小さな女の子がしきりにスパーキィを呼んでいる。手に持っているビスケットはAの形。
クレイが目配せして頷くとスパーキィはいそいそとそちらへ走って行った。
それを見届けてから、幾分声を落してクレイは話を再開した。