「確か、おまえのママが離婚を決意した最大の原因は、親父さんのおまえへの虐待のせいだと、おまえ俺に言ったよな?」
「ああ」
サミュエルは唇を嘗めた。砂の味がする。
「少なくとも、ママはそう言ってる」
「?虐待?って、それ、刺青のことじゃないのか?」
サミュエルはハッとした。
「…………」
「赤ん坊のおまえにそんな真似したから、おまえのママはショックを受けたんじゃないのか?」
「どいて」
葵里子はクレイを押し退けるとサミュエルの足の裏にカメラを近づけた。フレームにきっちり捕らえるとシャッターを切った。
16
クレイと葵里子は並んでソファに腰を下ろしたまま、ガラスの嵌まったドア越しにサミュエルの様子を見守っていた。
廊下の向こう、階段下のチェストに電話機が置かれていて、サミュエルはさっきからずっと俯きかげんに受話器を握っている。
西日の射し出したフランス窓の下にはスパーキィ。こっちは英字ビスケットをたらふく食して大満足で鼾を掻いている。
クレイが立ち上がってブラインドを降ろしに行こうとした時、サミュエルは戻って来た。
「おまえの言う通りだ、クレイ。その通りだったよ」
15年前のある日、アマンダ・プレローズが外出先から帰宅すると邸は森閑としていてベビーシッターの女の子だけがぽつんとソファに座っていた。高校生のその娘はアマンダの姿を見た途端、飛び上がった。赤ちゃんは何処にいるか問い質している最中に、小さなサミーを抱いてロヴ・プレローズが戻って来た。息子の右足の痛々しい包帯を目にしてアマンダは叫び声をあげた──
「『何でもない』とパパは笑顔で言ったそうだ。『ほんの遊び心さ』とか何とか。『すぐ治っちやうよ』って。でも、ママは許さなかった。本当はそのこと以外にも、結婚以来、不満の種が山ほどあって、それが一挙に爆発したんだろうけど。で、ママは俺を引っ手繰るとそのまま屋敷を飛び出したのさ」
親指で額を掻きながらサミュエルは今しがた電話口で母から聞いた、そのままを伝えた。
「傷の方は、パパが言った通りすぐ治ったのでママはすっかり忘れて、気にも留めてなかったらしい。俺自身、今日まで全然気づかなかったし……」
「暖めると出るみたいだな」
と、クレイ。「そう言えば、おまえがバスタブに浸かってる時も、俺、見たよ」
「そして、浜辺」
と、これは葵里子。「焼けた砂のせいね?」
「何だと思う?」
ソファが塞がっているのでロイドチェアに腰を下ろしながらサミュエルは独り言のように呟いた。
「パパがママに言った通り、単なる思いつき……悪ふざけなのかな?」