小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 村で一軒しかない書店のウィンドゥ越しにクレイはそれを見た。
 向かいの道路沿い、パコダの樹の下に停めてある西海岸風のど派手なオープンカーとその中に座っている二人連れ。運転席にいるのはサングラスを掛けた赤い髪の男で、助手席の方は──サミュエル・ケリーだった。二人はなにやら親密そうに頭を寄せ合って話し込んでいる。
 「何が」
 手に取っていたR・マックロスキーの絵本を棚に戻しながらクレイは口の中で呟いた。
 「強引なのは俺が初めて、だよ。あの口説かれ上手め……!」

 ハッとしてサミュエルは振り返った。
 黄金の毛玉が──またしても──降って来る。そして、後に立つブロンド……
 「クレイ?」
 飛び込んできた犬の衝撃でサングラスをずり落とした赤毛は口汚く罵った。
 「何だよ、このクソ犬はよ?」
 「ハイ、サミー!」
 わざと無頓着にクレイはスパーキィのリードを引っ張った。「よせ、スパーキィ。デートの最中に悪いぜ」
 腹の中は煮えくり返っている。連れの男も事の次第を察したようだ。
 「ははぁ、そういうことか?」
 犬に踏みつけられた髪を整えながらサミュエルを振り返った。
「相変わらずモテモテだな。こっちでもこの手の連中に付き纏われてるのか?」
 これ見よがしに少年の肩に腕を廻すと、「また、俺がブチのめしてやろうか?いつだって俺はおまえの頼もしきボディガードだもんな!」
 「よせよ、エルンスト」
 「邪魔したな」
 クレイは踵を返した。もう充分だ。
 「待てよ、クレイ!」
 サミュエルは車から飛び降りて追いかけて来た。一方、クレイは決して歩調を緩めず、振り返りもしないで言った。
 「俺のことなんか気にするなよ。それより早く戻ってやりな。さぞや寂しがっているぜ。おまえの11人目が」
 そこでやめておけば良かったものを。だが、やっぱりやめられなかった。捨て台詞が口を突いて出る。
 「ったく、いい趣味してんな?あんなのが好みか。がっかりだよ」
 追いついて並んで歩いていたサミュエルが一瞬ニヤッとしたが、それを見逃すクレイではなかった。
 突然足を止める。リードがピンと張ってスパーキィが憐れな泣き声を上げた。
 「何がおかしい?振られた奴の苦悩を見るのが快感か?ほんと、外見じゃわからないもんだな?おまえもあいつに似合いのクソガキってわけだ。知らなかったよ」
 「俺も知らなかったな」
 サミュエルも負けていなかった。
 「あんたがこんなに短気で早とちりだとはさ。おまけに了見も狭い。あんたの方こそ最低なクソガキだぜ!」
 「何だと?」
 「ちゃんと話を聞けったら!」
 サミュエルは素早く車を振り返った。親指を突き立てて、
 「エルンスト・オレンジ。あれは従兄弟だよ。断じて11番目なんかじゃない!」
 クレイは暫く無言だった。
 無言のまま、首吊り状態のスパーキィを見かねて飼い主の手からリードを引っ手繰ったサミュエルを眺めていた。スパーキィはと言うと、サミュエルの足の間を嬉しそうに跳ね回り、冷たい鼻を至るところに擦り付けて、助けてもらった感謝の気持ちを率直に表している。それで──
 クレイは漸く口を開いた。
 「従兄弟だって?全然……似てないぜ!」
 スパーキィの首を掻いてやりながらサミュエルは澄まして答える。
 「よく言われるよ。幸運なことに」
 それから、その従兄弟について、さっき突然訪ねてきたこと、暫く泊めてほしがっていること等、ざっと説明した。
 「まあ、邸は広いからあっさり断わるわけにもいかなくて。でも、俺もあんまり嬉しくない。エルンストはあんたの指摘通り?趣味のいい?奴じゃないし……」
 「いや、俺の言いたかったのは、その、つまり」
 「実際、素行悪いんだ。ママは俺があいつと付き合うのを禁止してる。そうだな、、あいつこそ、最低な?クソガキ?さ!」
 クレイは潔く頭を下げた。
 「謝るよ、サミー、俺は酷いことを言った。ごめん」
 「俺も言ったよ?」
 サミュエルは赤面しているクレイを小首を傾げて見上げた。明らかに面白がっている様子。が、やがてスパーキィを放して立ち上げると一転して真剣な眼差しで切り出した。
 「会えて良かった、クレイ。何度も電話したんだぜ」
 「俺に?」
 それは、つまり、今朝プレローズ屋敷の居間で別れてからって意味だよな?
 クレイは再び天国の門が見えるような気がした。霧の向うにぼんやりとではあるが。
 「良かったら、今夜、ディナーを一緒にどうかって……」
 今、目を伏せて頬を赤らめているのはサミュエルだった。
 「だけど、あいつはどうするのさ?」
 思い出してクレイはそっちへ目をやった。両手を頭の後で組んで運転席のシートに凭れている赤毛の従兄弟。
 「知るもんか」
 きっぱりとサミュエルは言い切った。「俺は居場所を提供するだけで、それ以上は関係ない」
 クレイの顔に満面の笑みが広がる。同時に微かに肩を狭めたのは、再び見え始めた天国の門を意識したせいかも知れない。かの文豪に諭されるまでもなくその門の狭さについてクレイ・バントリーは重々承知していた。



 

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