小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 
               17 

 翌朝、早くからクレイは電話をかけまくって島内の友人の一人から船を借りるのに成功した。
 船は漁船だった。持ち主の青年が従姉妹の結婚式で数日島を離れることになり、当然漁には出ないので舫ってあると言う。(島でこの時期、クルーザーやレジャーボートの類を予約無しに借りられる幸運など期待すべきではない。)
 クレイは自分の車を島へ持ち込んではいなかった。島内の移動は徒歩か自転車で。それがバントリー家の掟だった。
 そういうわけで、その朝、ポーチに立掛けてあった徹底的に使い込まれた水色の自転車に乗ってクレイは出かけていった。葵里子はサミュエルを愛車のコンバーチブルの助手席へ押し込むと、専門店でスキューバーダイビングの用具をレンタルした後、昨夜3人で命名した〈刺青の入江〉を目指すことに。
 珍しくスパーキィは番犬と言う本来の任務を与えられてコテージに残された。スパーキィは船が苦手だったせいだ。彼は酷く船酔いをした。
 立ち寄ったダイビング専門店は、勿論、〈ジェフ・ペッカーの店〉である。
 サミーは初めて、とうとう、ゴミ袋を下げていないペッカーを見た。この朝のペッカーはバミューダーパンツにドラゴン模様のアロハシャツ。この格好にもかかわらず──ハンサムだった。誰かに似てるな、とサミュエルは思った。誰だろう?
 (あ!〈追いつめられて〉のケヴィン・コスナー!)
 ダイビング用具には全てステンシルの啄木鳥が刻印されていて、料金は20%オフだった。
 何処へ潜るのかペッカーは知りたがった。サミュエルが場所を教えると明らかに落胆した様子で浜辺の清掃人は呟いた。
 「こりゃまた……変わった場所を選んだもんだな?僕に聞いてくれればもっと素敵なスポットをたくさん教えてあげたのに」

 入江には葵里子の車が先に着いた。
 ダイビングセットを引き摺り下ろして桟橋で待つこと40分。
 バースディケーキの蝋燭のような白い灯台を乗せた岬をグルッと廻って、クレイの乗る〈アイランダー号〉はやって来た。
 全長30フィート、白と群青色の美しい刺し網漁船で、キャビンは船体中央やや船尾よりにある。
 クレイがこの種の操船技術を習得していることについてサミュエルはさほど驚きはしなかった。何と言ってもクレイ・バントリーはマサチューセッツの当島に別荘を持つボストン出身の医師の息子なのだから。自分があからさまに父を嫌っていて、ついでにヨットを憎悪しているのを知っているから敢えて口にしないだけで、きっとヨットだって操るんだろうとサミュエルは踏んでいた。

 3人で目星をつけた海域──細かい計算はクレイが一人でやったのだが──刺青の白い丸印の部分へ波を蹴立てて進む間にサミュエルに代わって葵里子が質問してくれた。
 「いつ、何処で、誰から、船の操縦法を習ったの?」
 「この島で、父親から」
 と、言うのがクレイの返答だった。
 「俺達、有り余るほど時間があったから。夏に、男二人っきりで、海しかない場所で他に何をする?それで──海に関わることは大概なんでも手を出したよ」
 「男二人っきりて、お母様はどうしたの?」
 写真家ときたら飽くことを知らない。ハイエナのごとく容赦しない。
 「そういえば、今年はお父様は新婚旅行だって言ってたわよね?」
 「俺の母親は死んじまったんだ」

-40-
Copyright ©sanpo All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える