デッキに鈍い音が響く。
ギョッとしてクレイが振り返るとサミュエルが乱暴にフィンを脱ぎ捨てた音だった。その上にウェイトベルトも投げ捨てる。
「パパは充分に資産家だった!」
少年は濡れた真っ黒い髪を鬣のように振りながら荒れた口調で叫んだ。
「こんな風にしてまで隠さなきゃならないものって何だよ??カット・スロート・アイランド?の海賊じゃあるまいし──」
ウェットスーツを脱いで体にタオルを巻きつけながら少年は喚き続けた。
「金なら口座にブチ込めばいい。宝石ならセキュリティ万全の貸金庫を利用するさ。有能な管財人を雇うことだってできた。それを、こんな──夏休みの小学生がするような冒険ごっこに付き合うのはウンザリだっ!」
「どうしたの?」
クレイの後に廻り込んで葵里子がそっと訊く。
「彼、何をああ荒れてるの?」
「さあな。きっと、疲れたんだろ」
海中での活動は思いの他、身体に負担を与える。タオルの下でサミュエルの細い肢体が小刻みに震えているのを見て、エアーのストックもないことだし、沈没船の細かい調査はまた日を改めようとクレイは提案した。
幸い明後日まで船の持ち主は帰ってこないし、ここは家に戻ってゆっくり遅い昼食を食べて、昼寝をすべきだ。
カモメが2匹、空の深い処で旋回している。
サミュエルと自分はまだ海底にいて、彼ら鳥達のいる辺りが海上のような、従って、あそこの高みまでまだずっと昇って行かなくてはならないような、そんな気分にクレイは陥った。
18
「どうかしたのか、サミー?」
そう言ってクレイがサミュエルに声を掛けたのは、クレイが主張した通りのたっぷりした遅い昼食(ムサカとシーザーサラダ、オニオンスープにフルーツケーキ付き)の後のこと。
葵里子の方は食事を終えると即、オリジナルの暗室に引っ込んでしまった。スパーキィはよほど留守番が気に食わなかったと見えて廊下の隅で〈オポッサムの真似〉を決め込んでいる。
サミュエル・ケリーは居間のソファにクッションを抱えたままうつ伏せに寝転がっていた。
「葵里子も心配してたぞ、おまえが変だって」
「ああ」
肘を突いてサミュエルは横向きに体の位置を変えた。そうするとソファの横に立つクレイの、腰に置いた腕が自分の目と同じ高さになる。
「何かしっくりこない。口じゃ上手く言えないけど」
サミュエルはのろのろと口を開いた。
「海へ潜った時もそうだったし、まるで誂えたようにドンピシャとあの〈アマンダ号〉にぶち当たった時も、ずっと感じてたんだ、俺……」