小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 少年はここでいったんしゃべるのをやめた。
 午前中の海水に染まったような瞳が宙を漂い、結局、最も惹かれる処に戻って来て止まった。
 クレイの金色の腕。手首に引っ掛かっている時計はオメガのダイナミックで──この型は確か何処かの島の名が冠されていたはずだ。
 (えーと、マーサーズビニヤードではないし・・・…無論、ナンタケットでもないよな?)
 真っ黒い文字盤に翡翠色のキリッとしたアラビア数字が超クールだ。クレイ・バントリーに何と良く似合うことか……!
 強いて言えば、そういうこと。
 クレイとこの時計の関係は容易に理解できる。スタイルがピッタリだから。嵌まっている。マッチしてる。
でも、パパと刺青となると──
 「何か、全てが胡散臭い。第一、?らしく?ないよ」
 クレイがソファに腰を下ろすのを待ってから少年は先を続けた。
 「パパは坊っちゃん育ちで、金銭感覚に恐ろしく疎かったって」
 これは未だに母がこぼしている数多いロヴ・プレローズの欠点の一つだ。
 「そんな人間が、葵里子曰く〈財宝〉とやらをこんな形で必死に隠すかな?」
 朝からずっと心の中に引っ掛かっていた疑問をサミュエルは口に出して言った。
 「なあ、クレイ、俺達は根本的にパパの刺青のメッセージを読み違えているんじゃないだろうか?」
 暫く考えた後でクレイは言った。
 「だけど、〈財宝〉ってのは、黄金や宝石とはかぎらないからなあ」
 両手で髪を掻き上げると、
 「その人にとってかけがえのない物、ってこともある。秘密にしておきたい物。触れられたくない物。或いは、大切にそっと隠しておきたい物……」
 「チエッ」
 サミュエルは再びクッションに倒れ込んだ。
 「これで、散々苦労した末に出てきた〈財宝〉が、パパの日記だったりしたら怒るぜ!」
 同意してクレイも笑った。
 「青春時代に書き殴った詩の山、とかな。出せなかった初恋の人へのラブレター。隠し撮りした恋人の写真──何だよ?」
 サミュエルの視線に気づいてクレイは赤くなった。
 「それ、自分のこと言ってるんだろ?」
 少年はクレイのシャツを引っ張った。
 「考えたら、クレイ、おまえずるいぜ。俺にばっか曝け出させてる。初恋は幾つの時だった?」
 「十四歳」
 「相手は?」
 「同じ学年の──クラスメイトの女の子さ」
 肩越しにサミュエルを振り返ったクレイは悪戯を見つかった少年の目をしている。

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