「よくあるパターンでがっかりか?まあ聞けって。腰まで真っ直ぐな赤毛の髪を垂らしてて、超可愛かった!ヘイゼルって名でさ」
「おまえなら当時からもてたんだろうな?」
「まあね。引く手数多ってやつ」
「ケッ。その赤毛の可愛い子ちゃんとはどうなった?デートできたのか?」
それが、いったん好きになると意識し過ぎて口もきけなくて、とクレイは白状した。
「彼女の家の周りを自転車でグルグル廻るばかり。思い余って一晩かけてラブレターを書き上げた。その力作をジィーンズの尻ポケットに忍ばせること一ヶ月。渡そうかどうしようか迷い続けたっけ」
「へえ!案外意気地がないんだな。で、どうなったのさ?」
「うん」
そう言ったきりクレイは口を噤んでしまった。
あまりに長い間そうやっているのでサミュエルは話題を変えようとした。当たり障りのない処で、その時計、何て島の名だった?と訊こうした、まさにその時、クレイが口を開いた。
「とうとうある日、絶好のチャンスが訪れた。ヘイゼルが一人で真っ直ぐに俺に向かって歩いて来たんだ。夏休みを間近にした陽光眩しい5月の校庭を想像してみろよ。頭上にはマロニエの花がキャンドルみたいにチロチロ燃えていて……それだけでも心臓がブッ飛ぶくらい感動モノなのに、何と、彼女ピタリと俺の前で足を止めたのさ。『今だ!』俺は思った。この瞬間を逃すべきじゃない。俺の尻ポケットには、かなりくたびれたとはいえその時も例のラブレターがしっかり入っていたし。
でも、俺がそれを引っ張り出すより早くヘイゼルの方が真紅のバックパックから封書を取り出して俺の手に押し付けたんだ」
「やるじゃないか!」
サミュエルは叫んで跳ね起きた。
「じゃ、両思いだったんだ!」
「終いまでよく聞け」
腕を伸ばしてクレイはサミュエルをクッションへ押し戻した。
「ヘイゼルは言った。『頼まれたの。兄さんからよ。これ、読んでほしいって』……」
クレイは静かに続けた。
「彼女の兄貴は2つ違いで、彼女同様──いや、違う、彼女以上にイカシてた。信じられなかったよ。全校生徒の人気を独占するヒーローだったんだぜ。憧れの存在。恐れ多くて俺なんかまともに見つめることさえできなかったのに。バスケと水泳の正選手で、秀才でハンサム。勿論赤毛だった。妹の方は名前の通りヘイゼルだったけど、リッキーは凄い狼みたいな灰緑色の目でさ!」
クレイは締め括った。
「それが俺の、最初の恋人ってわけ」
クレイの横顔をみながらサミュエルは低い声で言った。
「ふーん、そういうことか……」