19
身じろぎしてクレイは目を醒ました。
真夜中だった。
浅い眠りの中、もう内容は憶えていない夢の名残のように膚が粟立っている。その不吉な予感どおり、隣は空っぽだった。
「サミー?」
伸ばした手に触れたシーツの冷たさにたじろいで、立て続けに名を呼ぶ。
「サミー!」
焦って灯りを点けようとしてサイドテーブルの上のスタンドを床に落してしまった。
いつもその辺りに寝ているはずの愛犬の動く気配がない。
「スパーキィ?」
大切な両方とも部屋にはいなかった。
サミュエル・ケリーはプレローズ屋敷の父の書斎にいた。
緑色のライブラリィランプを燈しただけの室内。マホガニーの机は古い蜂蜜のような光沢を放っている。
その上に積み上げた冊子の間に少年は屈み込んでいた。足下にはスパーキィ。番犬は鼻をヒクつかせてドアを振り返った。
果たして、ドアの前には取り乱した御主人の姿があった──
「このバカ!し、死ぬほど心配したぜ!」
大股に部屋に入って来るとクレイは怒鳴った。
「何考えてるんだよ!こんな真夜中に……ひ、一人でこんな処にのこのこやって来て……表、か、鍵さえ掛けずに……」
どんなに慌てたか服装を見ればわかる。羽織ったシャツの釦は一個もとめていない。そのラフな格好をサミュエルは悪くないと思ったが、いつもならクレイはそんな着方は絶対しなかった。
「例の殺人鬼が舞い戻って来るかも知れないと考えなかったのか?現に──エルンストはここで殺されたんだぞ!」
「一人じゃないよ」
悪びれずに少年は答えた。
「だから、ちゃんとスパーキィを連れて来たんだ。彼は?K9?ばりの頼もしい名犬なんだろ?鍵を掛けなかったのは、おまえが追って来た時の為にさ。この夜半、表に締め出す方が危ない。俺が鍵を開けるのを待ってる間におまえが襲われたら嫌だよ。闇の中に殺人鬼が潜んでる可能性の方がずっと高いと思わないか?」
「屁理屈を並べやがって……」
クレイは喘いで一番近くにあった椅子に倒れ込んだ。息を整えている間に少年は言った。
「ほら、昨日二人で話した日記やラブレターの件で思い当たったんだ。そしたら居ても立ってもいられなくなって──どうだ、これ、何かのヒントになるんじゃないかな?」
サミュエルが腕を広げて指し示した机の上の塊に漸くクレイは目を向けた。
「ああ、航海日誌か?」
「その関係を全部本棚から抜き取ったところさ。かなりの数だ。ママがこぼしてた通りパパは世界中の海を荒らし回ったんだな?尤も、派手な外洋は結婚前に集中してるけど」
少年は屈託のない笑い声を上げた。
「チャネル諸島、アゾレス諸島、マルケサス諸島、パプア・ニューギニア・トロブリアント諸島、西インドにソロモン──ザッと目を通すだけでもひと夏過ぎちまう」