小説『とくべつの夏 〈改稿版〉』
作者:sanpo()

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 「これぞUSA版〈欲望の法則〉だな?なるほど、ここなら灯台も近いしな」
 この場合、少年の映画の例えが間違っているのをクレイは気づいた。P・アルモドバルの〈欲望の法則〉は名作だとクレイも心酔しているが──灯台の下で殺されるのは本当に愛されている少年、?真実の恋人?であって、断じて?バカな相手?ではない。
 だが、クレイはそのことを指摘しなかった。少年と争うつもりなど微塵もない。
 「安心しろ、きっぱりと別れているよ」
 「いつ?どうして?どんな風に?──振ったのか、振られたのか?」
 その何れでもない、とクレイは答えたがサミュエルは納得しなかった。真っ黒い髪を振って食い入る様な目で詰め寄る。
 「でも、別れたんだろう?」
 クレイはほとほと参って頭を掻いた。
 「あのな、振ったり振られたりでなくっても別れはあるだろ?」
 「じゃ、飽きたのか?飽きられたのか?」
 「飽きなくても、飽きられなくても、別れはある。リッキーはもうこの世にいない。つまり、そういう別れだ」
 流石にサミュエルは口を噤んだ。
 「この秋で3年になる」
 「……エイズ?」
 「違う」
 二人はロヴ・プレローズの机の前に並んで立っていた。真夜中で、窓も開けていなかったので硝子越しに見る海と夜の闇は同色でどこが水平線か判然としなかった。時折、クレイが言葉を切った時だけ波の音が聞こえる。
 「3年前の秋、俺は新入生だった……」
 クレイ・バントリーはこう言って話し始めた。

 「9月、リックの後を追って、俺もハーバードを選んだんだ。そして、10月になって大学生活を満喫し始めた頃……その日も彼女は一人で真っ直ぐに歩いて来た。俺の方へ。
 憶えてるか?俺の初恋の相手、リッキーの妹、ヘイゼル。
 何もかも一緒だった。一瞬、中学生のあの日に立ち返ったような気がするくらい、彼女の腰に揺れる髪の長さまで一緒だった。とはいえ、現実には彼女は成長して、一段と美しく、大人の女性になってた。
 そのヘイゼルが、一直線に大学のキャンパスを突っ切ってやって来ると俺の前に立ったんだ。
 俺はその時、ベンチに腰掛けてリックを待ちながら本を読んでいた。
 驚いたよ。だって、リッキーの話では、ヘイゼルはスミスか何処か名門女子大へ入学したって聞いてたし、今頃こんな処にいるはずないんだから。で、彼女がバックパックから引っ張り出した物を見たときにはもっと驚いた。だって、それは嘗てのように兄貴から託されたラブレターなんてロマンチックなものじゃなく──銃だったんだ。
 『あんたなんか大嫌い』と、ヘイゼルは言った。『あんたが兄をメチャクチャにしたんだわ。あんたが現れるまでは、あんたを見るまではリッキーはそれはそれは素晴らしい、世界一の、私だけの兄さんだったのに!』
 『そりゃ言い掛りだ』とか、『ゲイに対する偏見だ』とか、『おまえの方こそブラコンだろ』とか、いろんな台詞が頭を駆け巡ったけど、そのどれ一つとして実際には口に出てこなかった。
 俺は凍りついていた。文字通り。

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