銃口だけ見ていたんだ。体が痺れちまって目が離せないんだよ。
他人に銃を突きつけられた経験あるか?ないだろ?あんな、最低の気分ったら無い。目の端にリックが何か叫びながら駆け寄って来るのが、一瞬、見えた。でも、俺は動けない。
それから、ヘイゼルは引き金を引いて、一発撃った。
俺に、じゃなくて駆け寄って来るリッキーに向けて。『あんただって大嫌い!』とか何とか叫んでいたな。
制することができた。
今となっても思っている。俺がヘイゼルの一番近くにいたわけだから、リッキーに向けて銃を動かしたその瞬間に、体当たりしてでも何とか止められたはずだ。
でも、俺はそうしなかった。
できなかったんだ。動けなかったんだよ。
リッキーが撃たれるのをバカみたいに口を開けて見ていただけだ。彼女は続けて、倒れた兄にもう2、3発ぶち込んだ。それでも俺は動けない。
そうして、再び俺に照準を戻した。
事態を察知した勇敢で機敏な4、5人の学生が、時ここに至って彼女に飛び掛って取り押さえた。
俺は?相変わらずベンチに腰掛けたまんまさ。
恋人の──血だらけで虫の息にあるリッキーのもとへ駆け寄ることもできず……
リッキーの周囲の芝生が真っ赤に染まって、ちょうど頭上の紅葉した木々とそっくり同じだと思ったのを憶えている。俺が読んでいたジム・キャロルの詩集の頁にも真紅の点々が幾つも飛び散っていた。つまり、何処も彼処も真っ赤で、乱れたリッキーの髪も……待てよ、ああ、それは元々赤かったんだっけ?だからこそ、赤は一番好きな色だったのに……!
この事件の後、何ヶ月も俺は手の付けられない状態だった。
何度も自殺を図ろうとするので目が離せなくて親父はほとほと参ったってさ。入院措置は正しい選択だったと思う。
リッキーが恋しくて気が狂いそうだった。
でも、死にたかったのはそのせいだけじゃなくて──自己嫌悪からだった。為す術もなくリッキーを見殺しにしたことへの。
俺は怖かったんだ。怖気づいてしまったのさ。
恋人を守れなかった。不甲斐無いったらないよ。
この身を盾にして守りたかったのに、そうするつもりだったのに──現実には足が引き攣って、あの忌々しいベンチから1インチも動けないんだから。
それでさ、療養施設からの退院祝いがスパーキィだったのさ。
担当の精神科医のアドバイスだったらしい。何か世話をする対象があるってのは療養に役立つって寸法。余談だけど、親父の再婚相手はこの精神科医、アンバー・ドナルド女史だよ。こんな俺でも少しは親父に恩を返せて良かった!
実際、俺はこのスパーキィに命を救われた。
散歩をサボるとそりゃもう愚図るし、飯を忘れたら手が付けられないくらい吠えまくる。何処へ行くにもついて来る。こんなんじゃオトオチ自殺してる暇もない。俺は少しづつ立ち直った。
でも、それで完全に癒されたわけじゃない。
流石に自殺の発作は治まったけど、もう一方の傷──?寂しさ?は容易には完治しない。それで、早い話、手っ取り早く相手をとっかえ引返した。」